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「正直、お館様の店で会う前にお前の存在は知っていた」

「可愛いって?」

「…それもあるが、主に簡単に体の関係が持てる女が居ると」

「キメ学でも有名人じゃん、私。流石」

「ドヤる所か?」


呆れた伊黒に顔を背ける。
学生の間の噂なんてすぐに回るし、事実ではあるから何とも思わないけど。

でも、そうだとすればもっと分からない。


「伊黒は私みたいな女嫌いじゃないの?」

「本来はそうなんだがな」

「……ですよね」

「でも、お館様の店で会ったお前はただの寂しそうな目をした女の子だった」


拗ねた私を宥めるようにもう一度包み込む伊黒の声に耳を傾ける。


「外で見掛けたことも一度だけある。他の男と歩く姿だったがな」

「そんなに顔分かるもんなの?」

「お前の特徴は嫌でも耳に入っていた」

「ふぅーん。それで?」

「最初は変な女がお館様に付き纏っているのかとも思ったが、何度店で見掛けてもお前はそこらに居る女子高生と何ら変わりのない女の子だったよ」


響いてくる声が優しくて、目を閉じながら意外と厚い胸板に頬を寄せる。
普通の女の子って、何だか照れくさい。


「可愛く笑うお前がいつの間にか頭に浮かんで仕方が無くなった。お館様に向けたあの笑顔を俺に向けて欲しいと、そう思うようになったんだ」

「…変なの。普通に笑う女の子なんて幾らでもいるじゃん」

「あぁ、それと誤解がないよう言っておきたいのだが俺は両親が居ない」

「え、」


照れ隠しに可愛くない言葉を吐いてみれば、なんてことの無いような口調で話を続ける伊黒に目を見開く。

そんな事一度も聞いたことなんか無かった。


「俺は捨て子だからな」

「なっ、何でそんな平気な顔してっ…」

「昔は平気じゃなかったさ。祖父母に引き取られても中学までは荒れていたからな」

「え、意外…」

「だから、お前が男といる時の顔が自分と重なった。俺は別に女で寂しさを紛らわせていた訳ではないが」


今まで優しく包み込んでくれていた腕に少しだけ力が込められてちょっと苦しい。


「なに、同情って事?」

「いいや、ただ気持ちは分かる。それだけだ」

「じゃあ何でそんな話を」

「別に話すくらいいつでも話した。お前が俺に興味を持っていなかったから話さなかっただけでな」

「うっ…」

「後からこの話をして同情だったのかと言われたくはない。だから今伝えたまでだ」

「…伊黒は、同情とかされんの嫌いでしょ。そのあんたが違うって言うなら、信じるよ」

「あぁ」


思わずさっきは同情なのかと口走ってしまったけど、今までを振り返って伊黒が同情で人を好きになるような奴じゃないって事は理解してる。

信じると言った私に伊黒は凄く安心したように息を吐いた。


「話を逸らすなと言われるのを覚悟で聞いてほしいんだが」

「なに?」

「俺は、温かい家庭が作りたい」

「…、ほんと逸れたね」

「羽月が笑顔で側に居てくれる家庭がいい」

「まだ付き合ってもないのに重くない?」

「同じ夢を持ってる仲間と聞いたが?」

「……マスターだな」


嫌に自信有りげだと思ったらマスターにそんな事を言ったなと思い出してため息をつく。
あの人の前だとどうしてか本音がポロポロ出ちゃってらしくも無い話をしてしまう時が多々あるから。


「俺は高校を卒業したら教師を目指す為に大学へ行くつもりだ」

「大学…」

「今は投資でそれなりには稼いでいる。どうだ?悪くない物件だろう」

「ぷっ、何そ…れ…」


突拍子も無いことを言ったから思わず笑った瞬間、伊黒の唇が額に触れて言葉が途切れる。

いつも頑なに触れない伊黒からの初めてのキス。


「ななななな、何してっ…!」

「その笑顔を、側で見ていたい。他の男になどもう頼るな。俺だけを頼って欲しい」

「伊黒…」

「羽月、俺を選べ。寂しい思いはさせないと誓う」


真剣な目で見つめられて、心臓が聞こえてしまうんじゃないかってくらいうるさい程に鼓動を大きくさせる。


「本当に、私でいいの?」

「羽月で無ければお断りだ」

「だって、私他の男と」

「言うな。今までどれほど嫉妬してきたと思ってる」

「…私、きっと重いよ?」

「その自称重い女に重いと言われたばかりの男だが」


忙しなく脈を打っていた心臓が今度はぎゅっと締められて息が苦しい。
でも嫌な苦しさじゃなくて、初めて感じる息苦しさはきっと私が求めてたもの。


「私我儘だよ」

「例えば?」

「…ずっと私だけを愛して欲しい」

「そんなもの我儘とは言わないな。俺はなにせ重い男だ。漸く掴まえたお前を手放すつもりは毛頭ない」

「伊黒…」

「寂しいなどと思わせる間もなく、嫌だと言うほど満たしてやるから安心しろ」


綺麗な二色の瞳に見つめられて、もう伊黒からは逃げられないって思った。
指を絡めて私から唇を寄せると答えるように後頭部へ手が回る。


「好き」

「あぁ」

「離してやんないんだから」

「光栄だな」


一頻りキスを堪能して、一緒にご飯を作って。
ソファで寄り添い合いながらパスタを食べてテレビを見る。

駄々こねて一緒にお風呂は入ったけど結局伊黒とする事は無かった。
でも、心は今まで経験した事が無いくらい満たされて。


「…ありがとう」


先に眠った伊黒にそう言って私も眠りについた。



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