「胡蝶か」
「こんばんは。あら、彼女さんですか?」
「……初めまして、羽月です」
可愛い声に容姿。
とても清純そうで伊黒のタイプっぽい。
冷たい言い方になっちゃったかなと恐る恐る伊黒を見れば手を強く手を握られた。
「ふふ。すみません、お邪魔してしまいましたね。羽月さんがとても美人さんでしたので、まさか伊黒さんの彼女さんとは思わず」
「唐突に俺を貶すな。全くお前は相変わらずだな」
「お気を悪くされたらすみません。私は胡蝶しのぶと言います。伊黒さんとはただの腐れ縁ですので」
「は、はぁ…」
なんて社交性の高い美人なんだろう。
流石は美男美女揃いのキメ学。
「用がないなら俺達は帰るぞ」
「えぇ、そうして下さい。私は姉さんを迎えに行く所でしたので」
「あ、胡蝶さん…また」
「…ふふ、えぇ。羽月さん、また。良かったですね、伊黒さん」
何で唐突にまたねなんて言ってしまったのだろう。
ぶっちゃけ私は女の子に良い印象を与えないからはじめましての人は苦手なのに。
それに伊黒が私に愛想を尽かしたら胡蝶さんに会うことなんて無いのにな。
「ご、ごめん伊黒。勝手な事言って」
「謝る必要がどこにある?俺的には嬉しかったが」
「え、逆に嬉しくなるような事言ってないと思うんだけど」
「胡蝶にまたと言ったのなら俺とお前はまだ一緒に居られると言う事だろう」
「……うるさい」
「どうとでも言うといい。俺は今気分がいいからな」
目を細めた伊黒にまた胸が締め付けられて、私ばっかり振り回されててムカついたから握られた手にありったけの力を込めてやった。
「弱い力だな」
あぁもうヤダ。笑わないでよ。
胸のあたりが変な感じがして落ち着かないじゃん。
「羽月」
「なに?」
「飯はどうする」
「コンビニでいいんじゃない?食べに行く気力なーい」
「細いんだからしっかりした物を食べろ。面倒なら作るぞ」
緩く巻いた髪を優しく丁寧に触れた伊黒が私の顔を覗き込む。
(そんな心配してくれる人なんて今まで居なかったなぁ)
皆私とセックスしたら満足して、それだけだった。
一人の食事は美味しくない。
味がしない。
だから朝も夜も殆ど食べないことが多くて食事に拘るなんてなかった。
「確か家にパスタはあったな」
「え、そう?良く覚えてんね」
「前に朝食を用意しただろう。その時に確認しただけだ」
「そっかぁ」
一緒に夕食や朝食を食べてくれたのも、伊黒だけだったな。
こうして手を繋いで帰ってくれるのも、朝おはようって頭撫でてくれるのも私って言う個人を大切にしてくれてるのも、いつも伊黒だった。
家に着くなり始まるのは手洗いうがいをしろっていう当たり前の事。
「ねぇ、伊黒」
「何だ」
「どうして私なんか好きになったの」
それがどうしても納得行かなかった。
伊黒はしっかりした、それこそ私なんかとは正反対の人間だ。
彼氏でもない男と何度も寝るような女を好きになるような人には見えない。
寧ろ嫌悪しそうな程なのに。
「……なんてね。ねぇ、今日伊黒の為にえっちな下着着てるんだ。ご飯なんていいからさ、シよーよ」
「……言っておくが」
「大丈夫。他の男と伊黒が違うって事はよく伝わったから」
それはもう、十分過ぎるほど。
だからこそ、他の男と同じ様に私を扱って欲しい。
私の中にこれ以上踏み込まないで。
目の前の伊黒を壁に追いやって水で冷たくなった手を胸に持っていく。
そのまま下まで撫でてあげればきっと伊黒だって。
片方の手で胸元を開けて今日買ったばかりの総レースのセクシーな下着を見せる。
案の定伊黒の目はそこへ行き着いた。
「抱かれたいな」
「羽月」
「触れて欲しい。他の男だったらこんな事しないんだよ」
「…確かに心惹かれる誘いではあるが、お前に必要なものはそれじゃない」
肩を掴まれて距離を取られる。
好きな子に迫られてるのにどうして応じないのか、それが分かんない。
分かんないから、伊黒が気になって仕方ない。
「おいで、羽月」
「…っ」
「俺だけにはお前を大切にさせてくれないか」
距離を取ったのはそっちなのに、両腕広げてこっち来いだなんて。
滲む視界を誤魔化すように腕の中へ飛び込めば優しく包まれる。
「好きだ」
「……じゃあ抱けばいいじゃん」
「お前がちゃんと愛されてると実感したら思う存分抱くからいい」
「もしかして不能なの」
「高校生に向かって随分な言い草だな。安心しろ、機能はしてる」
「…あっそ」
伊黒の心音が聞こえる。
温もりが伝わる。
ずっと欲しかったものが、ここにある。
「さっき、俺がどうしてお前に惚れたのか分からないと言ったが」
「うん」
「俺でも分からない内に好きになってたんだ。それでは駄目か」
「はぁ?」
お母さんが子どもにするように背中をとんとん叩きながら告げられた言葉におもわず眉を寄せて見上げた。
分かんないってどういうことなの。
思わず眉間にシワを寄せた私に伊黒は困った様に笑った。
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