3

「羽月は人に戻りたいとは思わないか」

「ひ、人?無理でしょ、そんなの」

「…今、その薬が作られてると言ってもか」

「嘘…」


何の脈絡もない会話の振り方に戸惑いながら冨岡の言葉によく耳を傾けた。
人に戻れるのならば戻りたい。

だけど、人に戻った私はきっと弱い。


「戻りたいとは思うけど、人に戻った所で私の家族はもうこの世には居ないし」

「なら俺と築けばいい」

「冨岡と、私が…?」

「この戦いが終わったら、嫁に来い」


見つめる瞳が私の心臓を早める。
人に戻って、しかも冨岡のお嫁さんに。

その事実がどうしようもなく嬉しかったし、でも不安だった。


「好きだ」

「…冨岡」

「お前は俺の側で笑っていればいい」


駄目か、と低い声で囁かれては首を横に振る事なんてできるわけが無い。
こんな鬼の私を好きだと、必要としてくれる人など居なかった。


「冨岡の側に居たい。私も、この命を冨岡の側で過ごしていきたい」

「ならまずは名前で呼べ」

「あ、あれ?冨岡の名前ってなんだっけ」

「……………」

「ごめんって!」


ずっと名字で呼んでいたから冨岡の名前を忘れてしまった。
誰かの名前なんて呼ぶ事無かったし。

無言の圧力を掛ける冨岡に謝れば溜息をつかれてしまった。


「…義勇だ」

「義勇…うん、義勇だね。素敵な名前」

「そうか」

「ねぇ義勇、私も貴方が大好きだよ」


恐る恐る手を伸ばして優しく胸に抱きついてみる。
顔はいつも通りなのに、少しだけ脈の早い心臓が私への好意の表れのような気がして思わず顔を綻ばせた。

この心臓の音をずっと聞いていたい。


「ありがとう」

「何の話だ」

「人としても、鬼としても私を好きだと言ってくれて」

「お前は鬼らしくない」


顎を引かれ見つめ合うと義勇の瞳に私が映る。
頬を染めて、ただ惚れた人へ見せる表情なんて自分でも初めて見た。


「何だか、恥ずかしいよ」

「俺しか居ない」

「義勇だからだよ」

「?」


よく分からないといったように首を傾げる義勇に笑いが込み上げる。
好きだって言ってくれたくせに鈍感な人。

あはは、と笑い声を上げれば義勇が目を細めた。


「義勇」

「あぁ」

「義勇、義勇」

「何だ」


この人を好きになって良かった。
もし、私の望み通りに頸を斬られたならばそれも幸せだけれど。

それでも頸を斬られていたならば義勇の名前も、こんな顔も見れなかったかもしれない。

鬼になっても、ここまで生きてきて良かったと初めて思った。


「私、役に立つよ」

「なら早速役に立って貰うか」

「え、えっ!?」

「俺は眠い」


畳の上に押し倒した義勇はそのまま私を抱き抱え目を閉じる。
何かすると思ったのだけど違ったようだ。

まぁ、何も経験すらする事なく鬼になったから何をするとしても私は知らないけれど。


「そっか、そうだね」

「そうだ、忘れていた」

「ん?」

「…おやすみ、羽月」


むくりと顔を上げた義勇の頭を撫でながら覗き込むと、唇が重なった。

音を立てて唇が離れると、何事もなかったかのようにまた同じ態勢に戻る義勇に私の身体はかちこちだ。


「ぎ、ぎゆう…」

「恋人同士はこういう事をするものだと宇髄から聞いた」

「宇髄さんって知らないけど何てこと教えてくれたんですか…!」

「嫌だったか」

「嫌じゃないけどね、うん」


こういうものは初めてだから免疫がない。
耐えるように身体を震わせて居ると、胸元に顔を寄せた義勇が甘えるように頭を擦り付ける。


「あ、ごめんね。おやすみ義勇」

「あぁ」


こうしているとまるで子どものようだ。
年の差はえげつない程に離れているけれど、見た目は鬼にされた時のままだし20歳前後くらいだと思う。

昔過ぎて忘れてしまったけど。

長い睫毛を眺めながら起こさないよう微笑んだ。

鬼になっていい事なんて一つもないと思ってたけど、きっと鬼になっていなかったら義勇には会えなかったから。


「そこだけは感謝してあげる、鬼舞辻無惨」


ま、倒すけどね。
眠っている義勇の頭に口付けて眠る必要はないけど目を閉じた。



End.




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