貴方からの睦言はまるで綺麗な花を捧げられているようで、私はいつも戸惑ってしまう。


「愈史郎君」


時刻は昼間。
隣で眠る唯一の家族である彼の頬を撫でる。

私は最終決戦後、死ぬはずだった。


痣の顕現、そして鬼舞辻無惨との戦闘による体の欠損による失血。


「ごめんな」


何とか気力で立っていたけれど無惨が消えた瞬間それも同時に無くなり崩れ落ちた。
近くに居た隠に支えられ、炭治郎の元へ集まる皆を眺めて良かったと、もう思い残す事は無いのだと霞む視界に身を任せようとした時。

愈史郎君の少し冷たく乾いた唇から甘い液体を流し込まれた。


血流を感じて、体が熱くて、思わず目の前の愈史郎の腕を力一杯握ってしまったけどその時は何も考えられなくて。


目を覚ますと藤色の大きな瞳が私を見つめていた。


「…ゆし、ろ…くん」

「すまない」


声もガサガサな私に愈史郎君は袴を力強く握りしめている一言そう告げる。
その一言で何となく全てが分かった私は失くしたはずの左腕に目をやり、それは確信へと変わった。


「いいんだよ、愈史郎くん」


私は愈史郎君や珠世さんの様に鬼になったんだ。

それが分かっても、怒りはなかった。

だって、あんなに寂しそうで儚い愈史郎君は見た事がないもの。


右手を伸ばして、爪が食い込み血が滲む愈史郎君の手に重ねた。


「私が、側に居るよ」

「月陽っ…」


怒ってないよ。
そう思いを込めて私の唇は弧を描いた。


「月陽、月陽…月陽っ…」

「愈史郎君を一人にしないから。大丈夫、私が居るよ」


そうして鬼となった私は生き残った鬼殺隊の人達を影で見守りながらひっそりとふたり暮らしを始めた。

元々家族として一緒に過ごしていたから気にしないけれど、珠世さんがここに居ないという事実が時折私達の生活に影を差す。

私達は三人で家族だったから。


「愈史郎くん、ご近所さんのお付き合いが無いところとは言ったけど…」

「嫌か?」

「ううん、大丈夫。頑張る」


鬼だから老けない私達は人に不審に思われないよう住まいを転々としながら生活をした。

最初こそ色々な土地に行く事が出来て楽しかったけれど、それを何十年と続けていると転居が面倒になってくる。

そんな思いを独り言で洩らしたら、いつの間にか聞いていた愈史郎くんが用意してくれたのだ。


人里離れた山の中腹。

熊や猪が多いから、余程の者でない限りここへは辿り着けない。

それはいい。
それはいいのだけれど。


「ぅぐ…」

「無理をするな」

「……ごめん」


山の中と言う事だけあって、虫が多い。
住む上で掃除をしなくてはと箒を取り出したが蠢く虫に後退ってしまった。

すぐ側にいた愈史郎君がそれに気付いて手慣れた様に追い払ってくれたけれどこれでは申し訳無い。

前までの愈史郎君ならきっと自分で払えと言っただろうに。


「虫なら俺が払えばいい。お前は綺麗になった部屋で荷解きをしてくれ」

「それじゃあ不公平だよ」

「いい」


薄く微笑んだ愈史郎君が私の髪を撫でて、次の部屋を掃除するべく背中を向けて出て行く。

愈史郎君は昔から口や態度が悪いけれど優しかった。

けれど、今は口調はそのままに態度がとても柔らかいし優しい。
まるで珠世さんに接するかのような態度だ。


「仕方ない、よね」


愈史郎君は珠世さんに言えなかった言葉や、本当はこうしたかった事を私にしているんだろう。

これだけ長い間側に居て、寝る時も一緒だと言うのに私達の間には何も無い。


「………こんな風にされたら、好きにだってなるよ」


ぽつりと言葉を吐いて、私は愈史郎君が向かった部屋とは反対の部屋へ向かった。

どれ程部屋があろうと、寝る場所は一緒だから。

今と昔で変わった私の気持ちを無理矢理心の奥底に仕舞い込んで荷解きをした。