「父上なんて知りません!」

「!?」


珍しく息子が声を荒げた声が聞こえて急いで道場に行けば、隅っこで唖然としながら膝を抱える義勇さんが居る。
息子は何処かへ行ってしまったのかそこにひとりぼっちな義勇さんに懐かしさを覚えながら隣へ腰を下ろした。


「どうしたんですか?」

「……俺は、嫌われてない」

「はいはい。嫌われてないから何があったか教えて下さいね」


義勇さんと息子が喧嘩なんて珍しいから蹲る小さくなった身体を抱き締めてあげた。
喧嘩というよりは聞いた感じ息子に怒られたみたいだけど。


「ただ俺は、月陽のどこが好きかと聞かれて答えただけだ」

「えぇ、それであの子が怒るわけないじゃないですか。因みになんて答えたんです?」

「顔、としかまだ答えられてない」

「…………また考えこんで話しましたね」

「全てと言ってもあいつは満足しないから少しでも絞って話そうと思った」


親子でどんな喧嘩をしてるのかと思いきや、何とも可愛らしい理由過ぎて思わず笑ってしまった。
相変わらず義勇さんは長考して話す癖も、自分の中で簡略化して話す癖も全く治っていない。

それでは息子が勘違いする訳だと思いながら、未だにしょんぼりする義勇さんの頬を突いた。


「ねぇ義勇さん。あの子ももう10歳じゃないですか」

「それがどうした?」

「好きな子が居るんですって。もしかしたらそういう相談したかったのかもですよ」


本人から聞いた訳では無いけど、あの子の友だちから聞いたから多分本当の事だ。
そう言えば義勇さんは驚いたように目を丸めているけど、鬼の居なくなったこの世で幼いながらに誰かに恋をするのは当たり前な事なんだと思ってる。

友達に、私と義勇さんのような夫婦になるのが夢なんだと語っている事も知ってるから。
子は親が思っている以上に成長をしているのだ。


「思春期の男の子って、感じで可愛いですよねー!」

「…まだ早くないか」

「私達が遅かっただけで、恋心なんていつ芽生えるか分からないものですよ」

「そうか」


私と義勇さんが出会ったように、あの子もいつか愛する人を見つけて私達の元を去っていく。
まだ10歳だから先の話ではあるけど。


「お父さんとしてあの子が良い恋愛できるようにちゃんとアドバイスしてあげてくださいね」

「俺がか?」

「だって私にはきっと相談してくれませんから」

「…俺を頼ってくれてるのか」

「えぇ、きっと」


嬉しそうに目を細めた義勇さんに私も微笑む。
鬼舞辻を倒してから10年以上が経った今、私達は鬼殺隊にいた時の様に鍛錬する事は無くなったからだんだん筋肉も落ちてきた。

そっと肩に寄り添えば他の人よりは筋肉質だけど、現役であった時と比べると細くなった気がする。


「月陽」

「はい」

「俺は月陽に出逢えて、幸せだ」

「ふふ、私もです」

「あいつも、俺達のように想い合える人と出会えるよう父親として頑張ろう」

「私も義勇さんも殆ど恋愛経験無いですけどね」

「最初で最後なんて他人には早々出来ないぞ」


頬を撫でる義勇さんの手がくすぐったくて肩を竦めれば自然と顔が近付いて唇が触れ合う。
義勇さんが居て、あの子が生まれて。


「ね、義勇さん」

「何だ?」

「愛してます」

「俺も、月陽の全てを愛してる」


急に伝えたくなって言葉にした私に、嬉しそうに微笑んでくれた義勇さんの顔がもう一度近付く。
それを受け入れる為に目を閉じて首を少し傾ければ襖が勢い良く開く音がしてそのまま動きを止めた。


「最初からそう言えばいいんですよ!」

「……え、いつからそこに」

「母上が父上の隣に座った時からですよ」

「じゃあ、全部聞いて…」

「聞きました」


ブワッと顔が勢い良く赤くなって思わず両手で頬を抑えれば私の肩を優しく抱き寄せる義勇さんは襖の近くで仁王立ちする息子に視線を向けた。


「回りくどかったな」

「いつもいつも母上になら伝わると甘えているからそうなるんです」

「……」 

「たまにはそうして、ちゃんと言葉にして伝えて下さいね」

「あぁ」


10歳と言うのになぜ家の子はこんなに恋愛経験豊富感が出ているのだろうか。
顔は義勇さんに似ているけど性格が真逆過ぎて驚く。

段々と収まってきた熱に顔を上げれば、二人とも笑い合っている。

私の旦那さんも息子も顔が良い。


「所で母上」

「んー?」

「お、俺が好きな人が居るって…誰から聞いたんです?」

「…あは、秘密」

「母上ー!!!」


頬を膨らませて追いかけてくるこの子はまだ私に追いつく事は出来ない。
捕まえようとする手のひらだって私より小さい。
走る足はまだ私より短い。

だけどいつか、私も義勇さんも追い越して行くんだろう。


「ほいっ!」

「!?」

「ふふ、捕まえちゃった!」


体を反転させ両腕を広げた私の腕にそのまま飛び込んできたこの子を支えながら倒れる。
視界の端で義勇さんが動くのを見ながらまだ私よりか弱い身体を精一杯抱き締めた。


「愛してるよ、私の…私達の可愛い子。ねっ、義勇さん」

「あぁ、愛してる」

「っ、も…もう!父上と母上で挟まないでくださいよ!」


私と義勇さんで挟んであげれば今度は息子が顔を赤くする。
まだ甘えていて、側に居て。

貴方が旅立つその時まで。

お父さんとお母さんが、必ず守ってみせるから。


「…俺も、父上と母上の子に産まれて幸せ、です」

「あーーーっ!無理!家の子可愛い、顔が良い!」

「また暴走が始まったな」

「母上、俺と父上の顔好きですからね」

「性格もかっこいいとか何なのここは天国?!」


愛する人に囲まれて、私はこれからもきっと幸せだ。

のたうち回る私から息子と義勇さんが離れても暫くその幸せに浸っていた。




End.




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