幼い人間の女が隠れ家にやって来た。
優しい慈母のような珠世様が連れてきたそいつ。


「…………」

「ほら愈史郎。そう脅かしてはなりませんよ」

「しかし珠世様…何故こんな、日輪刀を持つ人間などをここに」


珠世様に手を握られ羨ましい…ではなく、生意気にも無表情な顔で俺を見る女を睨みつける。
着物は所々燃え、顔も手も全てが煤だらけ。
汚らしい事この上ない。


「月陽、この子は愈史郎。貴女のお兄さんになる子ですよ。ご挨拶は出来ますね?」

「お、おにっ!?」

「…こんにちは」

「まぁ、よく出来ました」


俺に向けられた笑顔では無いがやはり珠世様は美しい。
きっと明日も明後日もずっと美しい。

こんな素敵な珠世様に褒められた癖ににこりともしないこの生意気な人間は虚ろな瞳を俺に向けている。


「お言葉ですが珠世様、本当にこいつをここに?」

「えぇ。この子は将来、間違いなく強い剣士になります」


そういって日輪刀を腰に差した人間の頭を撫でる。
その時俺は自分なりにこの人間の使い道を考え、どういう意味で珠世様が連れ帰ったのか解釈した。


「なる程…そういう事ですね!」

「それにこんな可愛らしい子、一人外に置いておけません」


それから珠世様はこの人間と出会った経緯を教えてくれた。
丸焼けになった家で、自分が火傷するのも厭わず親の形見と亡骸を掘り続けていた事も、嫌だと首を横に振るのを無理矢理連れてきた事も。


しかしそうしてまで連れ帰ったのには、鬼舞辻を殺す為の駒にするのだと俺は思っていた。
鬼同士の戦いは無意味。
だが日輪刀を持つ剣士が居るとなればこいつが余程弱く無ければ使い物にはなる。

こんな事を思っても口に出さずに居たのは駒が逃げない為だった。

折角の珠世様との時間を人間も入れなくてはいけないことに多少の憤りは感じたが、もしもの時の囮として育てるのならば仕方がないとこいつを俺も受け入れるしかない。


「おいお前」

「…?」

「いいか、珠世様に迷惑をかけるなよ。お前は珠世様に拾われたんだ、誠心誠意珠世様に尽くせ」

「………はい」


そう言った俺に珠世様は眉を下げていたがこれだけは譲れない。
もし大きくなって珠世様に刀を向けようものならすぐに処分してやる。

その時はどんなに咎められようとも構わない。
こいつは俺達を殺す道具を持っているのだから。


それから俺はこいつの監視を始めた。


「ゆしろうさん」

「何だ」

「お腹が減りました」

「………」


一番困ったのは飯だった。
俺と珠世様だけなら人間の食べる物など必要は無い。
しかしこいつは鬼ではなく人間だ。

何も食べなければ飢えて死ぬ。

仕方無しに夜食べ物を買いに行って、出来たものをそのまま食わしてやった。


「さっさと食べろ」

「ありがとう」


躾がされているのか、しっかりと手を合わせ挨拶をしたこいつが飯を食っている。
しかし待てども待てどもそんなに量のない皿が綺麗になることはなかった。


「…っ!」


理由は一つ。
精神的なものだろう。

少しずつ食べては厠へ吐きに行ってを繰り返していれば胃液で喉がやられ空腹とは裏腹に食事をする事が困難になっていく。


「ご、めんなさい」

「…もういい」

「ちゃんと、ゆっくり噛めば…」

「お前のそれは咀嚼をしても無意味だ」


買い与える物を間違ったと舌打ちをする。
珠世様は今自室で書物をしているから、俺がどうにかしなくてはいけない。

しかし食事を必要としない俺達の隠れ家には一切調理器具など無かった。

どうしようか考え事をしていると、また厠へ走っていく。


「…面倒だな」


少し前までは俺も人であったが、既にまともに食事など取っていなかった過去もあり料理の仕方など知る訳もない。

しかしこのままではアイツはすぐに死ぬだろう。
それはそれで構わないが、珠世様が悲しむ顔は見たくない。


「おい」

「…はい」

「白湯だけ飲め。もう食べるな」

「っ、ごめんなさい。折角くれたのに残してしまって」

「お前の身体は今固形物を受け入れないと判断したまでだ。食えないものは食えない。責めてるつもりはない」


食べたくても食べられない気持ちは分かる。
だがそれを言うのは癪に障るから言わない。

身体を震わせるこいつを見下ろし、泣いたのかと顔を見れば今にも泣きそうな癖に涙はひと粒も出ていなかった。


「これは持っていく。湯が沸くまで横になってろ」

「はい…」


ガキの癖に泣かないなんて、そう思いながら部屋を後にして白湯を取りに行く。
本当ならば珠世様の側に居たいと言うのに、とんだ役回りだとやかんに火をかけた。

薬を煎じるのにやかんだけはあったのが救いだ。
練り薬を作るのにお湯が必要な時もある。


「とんだ拾い物をされたものだ」


そう一人呟いて、湯呑みにお湯を注いだ。