※伊黒の元でお世話になる

「小芭内さん小芭内さん!」

「…本当にお前は喧しいな」

「酷いっ」


お館様に言われ暫く面倒を見る事になった甲の女隊士。
顔はなかなかに悪くないし、最初こそ緊張はしていたが随分と礼儀のなっている女だと思った。

珍しい月の呼吸というものまで使う月陽はどんな稽古をつけようと、どれ程痛烈に批判をしても泣く事はなく言われたら言われた以上のものや気概を見せてくれる。


「今日は非番なのに甘露寺様の所へ行かなくて良いのですか?」

「俺が非番の度に甘露寺の所へ行ってると思っているのか…」

「え、違うんですか」

「違う」


心外だと言いたげな顔にそう言い放ってやる。
柱にとって基本休暇というものはあってないようなものだ。

何時いかなるときでも緊急を要せば現場に向かわなくてはならない。
だと言うのにこの女は俺が休みと知ると勝手に外出すると勘違いをしている。

これが本当に後に柱になる予定の女だと言うのだから…いや、これ以上は何も言うまい。


「あ、そう言えば小芭内さん。この前鏑丸君のご飯はここで買うと聞いたので補充しておきました」

「お前にしては気が利くな」

「ふふ、ありがとうございます」


時折こいつの笑顔を見ると心臓が痛くなる。
こうして普段からにこにこと愛嬌を振りまくせいで月陽に心を寄せる者は多いのだと、この前胡蝶から聞いた。
断じて俺から聞いたのではないが。


「お前は、何か予定はないのか」

「私ですか?」

「今日はお前も一応非番だろう」

「無いですよ。お休みならお休みで鍛錬したいですし、出掛ける相手なんて居ませんから」


さも当たり前の事だとでも言うようにそう言いのけてしまう月陽にホッとした自分が居る。
己が心を許した人間には真っ直ぐで嘘のつけない女だ。

俺はそこが好ましいと思う。

誰にでも尻尾を振る女ではない。
頭のいい人間は嫌いじゃない。
甘露寺のようにただひたすらに真っ直ぐな性格とはまた違う月陽を側に置くのは悪く無かった。

最近では居心地が良いと感じてしまう程に。


「どうしたんですか、そんなにじっと見つめて」

「…いや」

「もしかしたらお疲れなのかもしれませんよ。今日はゆっくり過ごして下さいね。ちゃんと邪魔しないようにするので」


これから洗濯でもするつもりなのか、服の詰まった籠を持つ月陽の背を眺める。
何の歌かは知らないが、機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら水と洗剤を混ぜている姿はまるで嫁が来たかのような錯覚に襲われた。

月陽は嫁ではない。
付き合っている訳でもない。


「あ、小芭内さんの下着だ」

「おまっ…そう言うのは自分でやるからいいと前にも言っただろう!!」

「別に気にしませんよ?」

「俺が気にするんだ」


俺の下着を両手で掲げた月陽の手からそれを一瞬で奪うと、困った様に眉を下げられた。
困っているのはこちらだと言うのに。


「なら俺がお前の下着を洗濯しても気にしないんだな」

「えっ、私の下着洗濯したいんですか?小芭内さんのすけべ…」

「よしよし、よく分かった。稽古場に来い、厳しく躾けてやる」

「大変失礼しました!」


最近ではこんな風に軽口もきけるようになって、距離感を保ちつつ面倒を見るつもりが段々と心地よくなって手放すのを惜しいと感じている自分が居る。

すると楽しそうに笑う月陽があっ、と声を漏らした。


「何だ?」

「見てください、しゃぼん玉!」


ふわふわと1つの透明な玉が宙に舞い、ゆっくりと上昇していく。
すぐに弾けて消えてしまうだろう、なんて思いながらしゃぼん玉を見つめる月陽を眺めていると、今度は下降していくそれに指先を伸ばした。

しゃぼん玉は吸い寄せられるように月陽の指先に止まると、そのまま消えずに形を保っている。


「ふふ、可愛い」

「お前がな」

「え?」

「は?」


思わず自分が言ってしまった言葉に口を手で抑えて驚いた。
月陽を見れば首まで顔を赤くして俺を見ている。


「い、今…小芭内さっ」

「わっ、忘れろ!今すぐ忘れろ!」

「無理ですよ…何ですか今の破壊力強過ぎて無理」

「っ、」


両手で顔を覆った月陽につられて俺も顔が熱くなった。
首に巻き付いた鏑丸が体温の変化を感じ取って俺の顔をのぞき込んでくる。


「小芭内さんって、天然たらしですよね…流石の私も今のは撃ち抜かれました…」

「五月蝿い忘れろ直ちに記憶から抹消しろ」


ひゃーっと言いながら足をジタバタさせる月陽が、俺の言葉で照れたのだと思うと少しばかり嬉しいと感じたがそれとこれとは別問題だ。