読書をする小芭内さんの背中にそっと近寄り抱き締める。
どうやら鏑丸君はお散歩中のようだ。


「どうした」

「えへへ」


勿論小芭内さんは私の気配に気付いていて、本へ視線を落としたまま片手で撫でてくれた。
まるで猫のような扱いだけど構ってくれるだけ嬉しいので良しとしたい。

でも構って欲しい欲は満たされた訳では無いのでそのまま腕に力を込める。


「お邪魔ですか?」

「邪魔だと言っても退く様子は見受けられないが」

「大正解〜!」


いつもは鏑丸君の特等席の首筋に擦り寄ればため息が聞こえた。
でもこのため息が悪いものじゃないというのは知っているのでそのまま顔を覗き込むと穏やかな視線がこちらを見つめている。


「甘えん坊か?」

「ん」

「仕方の無い奴だ」


栞を挟んで本を閉じた小芭内さんがやっと身体も私へ向けてくれたから、目を瞑っておねだりすれば頬に指先が触れる。

膝の上に座らせてもらえた私はそのまま動かずにお望みのものを待っていた。


「………」

「…くっ、間抜け面だな」

「もー!!」


唇に触れたのは小芭内さんの指で、膨れっ面をした私に小さく噴き出した。


「そう怒るな。今すぐくれてやる」

「ん…!」


意地悪な顔をした瞬間嫌な予感がしたのはやはり当たりだったようで、徐々に深くなっていく口付けに今度は私が指で塞ぐ番になる。

このまま流されたらゆっくりするどころじゃなくなってしまう。


「お前が望んだ癖に遮るな」

「ちゅってしたかっただけですもん!」

「嫌だったという事か?」

「それは無いけど!」


嫌ではないけど、まだ小芭内さんとまったりくっついている時間が欲しいからそれは今度にして欲しい。
不服そうな顔をした小芭内さんの柔らかい頬を人差し指でつつく。


「何だ」

「そう言えば小芭内さんって、私と蜜璃さんだと態度違いますよね」

「そうだな」

「恋人の前で他の人を特別扱いしてるって当たり前みたいな顔するのもどうかと思いますけど…」


こんな事を言っているが私は蜜璃さんに嫉妬している訳じゃない。
あの人の可愛さや可憐さは良く知っているし、特別扱いしていても私が一番愛されていると自覚させてくれる行動は取ってくれているから。

ただちょっと閃いただけ。


「私にも蜜璃さんに話すような優しい言葉で接してくれませんか?」

「お前にか」

「そうです。どんな感じなのかなって気になって」


暫く思案した間を置かれ何故かそわそわしてしまう。
ネチられてしまうだろうかと顔色を窺っても小芭内さんは無表情で顎に手を置いているだけ。

さて、どう返事が来るのだろうか。
単純に興味本位なので嫌なら無理にとは言わないけれど。


「構わん」

「嘘!?やった!」

「月陽が望むのなら叶えてやらねばな。おいで、とりあえずお茶にしよう」

「ひぇ…」


たった一言、蜜璃さんだけに向けている優しい言葉を掛けてもらっただけで心臓が止まりかけた。
これはやばい。
何がやばいか分からないけどやばいのは分かる。

蜜璃さん凄いな。

普段が違う態度だからというのもあるかもしれないけど、視線も言葉も優しい小芭内さんとか破廉恥でしかない。

言葉を発せなくなった私にいつもなら馬鹿だの阿呆だの愚図だの言う癖に今は優しく微笑んで指先をさらっていくだけ。


「今日は月陽が前に買ってきてくれた茶を淹れよう」

「あわわわわ…お、お口に合いましたか?」

「あぁ。美味しかったよ」

「ひょわわわ……」


語尾や言い回しが優しいだけでこんなにも心臓がバクバクするのか。
繋いだ手とは反対の手で暴れ狂う自分の心臓を抑えながら先を歩く小芭内さんの背中を見つめる。


「だがその前に一ついいだろうか」

「ふぁい!?」

「月陽を、今すぐ抱きたい」

「…は、はい……」


こんな優しい声で抱きたいって何だ。
よく分からないけどキュンキュンし過ぎて普通に頷いてしまった。

ちゃんと考えてみるとおかしいし、手を引かれた先は寝室だ。

もしかしてこの人…


「これが狙いだったんですか…?」

「さぁ、どうだろうな」

「あぁっ、いつも通り!!」

「煩い。俺にこんな茶番をさせておいてお前だけ良い思いなどさせてたまるか」


口布を解いた小芭内さんの薄い唇が顕になって、また心臓が騒がしくなる。
こんなかっこよくて頼りになって優しい人好きにならない訳が無い。

押し倒されながらもニヤける口元を抑えながら小芭内さんを見上げれば口角を持ち上げる唇に全私が昇天した。


「………すき……」

「そうで無くては困るな。お前を手に入れるまでにどれ程の苦労をしたと思っている」

「いやいや、そんな事は」

「冨岡にも、時透にも嫉妬した。当たり前に側に居られて、当たり前に触れられて。俺以外に微笑みかける月陽を見る度にちりちりと身を焦がされるような思いをした」

「う…そんな事思っててくれたんですか」

「好いているのだから当たり前だろう?」


布団の上に散らばった髪をすくい上げそこに口付けする小芭内さんに目も心も奪われて身動き一つ取れない。

何度抱かれてもこんなに素敵な人に触れてもらえるんだって思うといつだってドキドキして仕方がないの。


「愛してるよ」


優しく囁かれる愛に溶けてしまいそう。


「私もです」


最初から逃げられるなんて思ってないから、たくさんたくさん抱き締めて。

どこに行かなくたって、貴方と居られたら私は幸せだから。


素敵な、素敵な私達の日常。




end.

当社比ゲロ甘いちゃいちゃするだけのif短編!!




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