好きだ。

そんな言葉を伝えたのは遠い遠いあの日の俺。

願いは叶わないまま、俺は新しい人生を生きる。


「席に付け新入生共。チャイムが鳴ったら席につくという当たり前の事を何故出来ないんだ。中学で何を学んできた」


新学期早々腹が立つ。
そう思いながら名簿を教卓へ叩き付ければ目の前の席に座る女子生徒が目に止まる。

こいつはまだマシな様だと顔を見た瞬間俺の中の時が止まった気がした。


「……月陽」

「?」


制服に身を包んで笑顔のまま首を傾げたのは間違いなく月陽で。

名字が違うから分からなかったがそうか。


「…変わりは、無いか」

「はい、元気です!ってあれ?先生私と会った事ありました?」

「そうだな…遠い遠い昔に会ったかもしれん」


まだ騒がしい教室の中、月陽と再び出会えた。

どうやら彼女に記憶は無いようだ。
しかし俺は今このクラスの担任である。
今にも溢れそうな想いは胸の内に秘めて再び教室内を静かにさせる為に口を開いた。


「ねぇねぇ真菰。今日のお昼屋上行こうよ!もうお腹減っちゃった」

「うん、いいよ!」

「よっ!月陽、お菓子いるか?」

「後藤君ありがとう!いる!!」


新入生への説明を終え、今は休み時間。
今世でも月陽の周りには沢山の人が居て、その穏やかな姿に俯きながらマスクの下で微笑む。

相変わらず底抜けに明るく、食い意地のはった奴だ。

俺が居ると言うのに鞄からポッキーを出して渡す後藤には拳骨をしてやったが月陽は見て見ぬ振りをしてやる。
事も無く。


「おい月陽、また貴様は菓子ばかり食って太りたいのか」

「ちゃんと運動はしてますので!」

「してますので!じゃないだろう。菓子は家で食え」

「だって…お腹が…」

「すぐに食べ物につられるのは大概にしろよと再三言った…」

「へ?」


間抜けな声を出した月陽に思わず口を塞いだ。
再三など出会ったばかりである今世の月陽に言ったことなど無い。
それなのに俺は何を言っているんだろうか。


「…すまない、昔世話していた犬に似ていたのでな」

「ひどっ!!」

「あはは、確かに月陽犬みたいな所あるもんね」

「真菰〜…」


格好と年齢だけが違う月陽。
今は冨岡とは会っていないのか。
あの男なら今世も月陽を見つけ出しそうなものだが。

待て。
俺は名簿を開いて月陽の名前を探す。

"冨岡"月陽。


「……おい」

「何ですか?」

「お前は兄がいるのか?」

「居ますよ、義勇君!」


何故か真菰が答えた義勇という名前を聞いて脱力した。
今世で奴は月陽の兄らしい。


「義勇君すっごいシスコンだよね」

「あはは…前に彼氏と間違われて一時期噂になったんだよね…」

「普通お兄ちゃんと妹で手は繋がないもん。小さいならともかくさ」

「きっとお兄ちゃんの中ではまだ私は小さいままなんだよ」


困った様に言ってはいるが満更でもなさそうな月陽に頭を抱えそうになった。
違う。
あいつはただ月陽を取られたくないだけだろう。

何だかんだと前世の記憶を持ちこいつを忘れられず探していた俺も俺だがあいつのは執念すら感じる。


「月陽に彼氏なんか出来た日には駄目だ。とか言いそうだよねぇ」

「うーん、有り得る。って言うかお兄ちゃんの真似似てる!」


恋敵は居ないが今度は別の意味での厄介なポジションに居る冨岡に心の底から溜息が出た。
これまた面倒な奴が近くに居たものだ。

とは言え自分の生徒と付き合うような事は出来ない。


(…また駄目か)


卒業さえしてしまえば手を出しても構わないだろうが何せこの年齢差だ。
彼女が俺を意識する事などないだろう。
一つ差であったあの時ですら俺を男として意識させるのも苦労したというのに。

クラスメイトと楽しく話をしながら次の授業の準備をする月陽を横目で見て教室を出た。


「よぉ、伊黒。何かシケた面してんじゃねぇか」

「俺はいつも通りだが」

「まぁ普段から表情豊かじゃねぇがいつにも増して、ってやつだよ」


廊下を歩いていると女の黄色い声と共にどこからか湧き出た宇髄に肩を組まれ眉を寄せる。
面倒な輩に絡まれた。
読んで字の如く。


「冨岡でも居たか?なんてな!」

「居たぞ。冨岡月陽が」

「………は?」

「冨岡の妹だ」


そこまで言うと宇髄は目を点にした後盛大に吹き出した。
この男は俺と同じく前世の記憶を持っている。


「だーっはっはっはっは!!お前心底ツイてねぇな!」

「煩い、黙れ。声がでかい。鼓膜が破れるだろう」

「まぁいいじゃねぇか。今度はお前の番かも知れねぇだろ?流石のアイツも妹には手が出せねぇし」

「俺の番かは置いときアイツが手を出さないのは当たり前だ。そんな事があってたまるか」


きっと俺の番、なんて無いだろう。
噂では時透兄弟が来年ここへ入学するとの噂も聞いている。

それに今周りに居る男子生徒だって月陽を放っておく訳がない。
入学早々真菰と共に男共の視線を集めていたのだから。

未だに肩を抱く宇髄の手を払って俺は職員室へと向かった。

その日の夜宇髄に誘われ飲みに行ったが、見事に潰れて送ってもらった事は生涯秘密にしたい出来事だ。



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