「月陽、流石に帰れ」

「義勇さん…」


義勇さんと連続した任務を終え、報告書を書いている時の事だった。
帰ろうとすれば近くで隊士達が苦戦を強いられているとの指令に、本来一週間もあれば帰ってこられた筈の予定が二週間にも伸びた。

その間休む暇も済んだ任務の報告書を書く時間すら無く義勇さんのお屋敷で筆を走らせている時、私の様子を見てため息をつきながら肩を叩かれ先程の提案をされる。


「いえ、義勇さんもお疲れでしょう。もう少し頑張らせてください」

「…なら仮眠を取れ。俺が起こす。効率が悪い」

「うっ、すみません…」


義勇さんにそう言われて素直に頷かざるを得なかったのは、疲れ過ぎて誤字脱字が多いのが自分でも分かったから。

何も言わず席を外した義勇さんを見送りながら、お借りしている机へ突っ伏して目を閉じる。


「…会いたいな」


瞼の裏に浮かんだ大好きな人へ小さい声で呟く。

義勇さんと共に行動をしているけど、私の恋人は小芭内さん。
少し長くなりそうだと連絡をして、返事を頂いてから手紙を返せていない。


(…会ったらまずお説教をされる気がするな)


それでも小芭内さんのお顔を見れるならいいかな、なんて思いながらゆっくりと眠りに落ちた。



――――
―――
――


ゆらゆらと揺れる感覚に目を覚ます。

子どもの時に、なかなか寝付けないと駄々こねたら父さんがこうしておんぶしてくれた気がする。


「…………おんぶ!?」

「煩いぞ」

「えっ、あれ、小芭内さん!」

「相変わらず寝起きから喧しいな。少し静かにしろ。耳が痛い」

「ご、ごめんなさい。でも何で…」


私は義勇さんのお屋敷で仮眠を取っていたはずなのに。
もしかしなくとも迎えに来てくれたって事、だよね。


「お前のせいで冨岡に借りが出来た」

「ひぇっ、大変すいません!」

「罰として今日一日は俺の言う事を聞いてもらうからな」

「畏まりました…」


そうして小芭内さんのお屋敷に帰った私はとりあえず服を着替えた。
結局おんぶされたまま帰ってきたけれど、この後何が待ってるのだろうかと気が気じゃない。

会えて嬉しいし、義勇さんの所にまで迎えに来てくれた小芭内さんにはとても感謝してるけれど。


「…あれ、いい匂いがする」


優しく香る美味しそうな匂いに帯を巻いていた手を早め台所へ向かうと、そこには鍋をかき混ぜている小芭内さんの後ろ姿があった。


「小芭内さん?」

「もうすぐ出来上がる。座っていろ」

「で、でも」

「俺の言う事を聞いてもらうと言ったが?」

「はい、喜んで!」

「悪くない返事だ」


お手伝いしようと手を洗った私を睨み付ける眼光に片手を真っ直ぐ伸ばして返事をすれば、一変した優しい瞳が細く弧を描いた。

たまに見せてくれる優しい顔に心臓がぎゅっと握られた感覚に胸を抑えながら居間へ移動する。
そうして数分を待てば小芭内さんがいつも私が使っている器を持って姿を表した。


「冨岡と任務に励んでいる期間碌に食事を取らなかっただろう。これ以上貧相になれば抱き心地も悪い。どうせ眠かったからと怠ったのだろう」

「全くそのとおりです、ごめんなさい」

「相変わらず冨岡は気が回らん奴だ。俺の月陽を連れ回しておいて不摂生を放ったらかすとは責任感の欠片もないな」

「義勇さんはちゃんと食事を取る時間もくれましたよ!でも、私がそれに答えられなくて」

「…まぁいい、口を開けろ」

「はい?」


有り難いお小言付きの小芭内さんが作ったご飯を頂こうと思っていると、匙に卵粥を乗せ此方へ差し出す姿に目を丸くする。

匙を受け取ろうとするとそれは遠ざかる一方で一向に掴める気配がない。


「俺は口を開けろと言ったのだが?」

「あう…」

「早くしろ。冷める」

「あ、あーん」


ふ、と笑った息遣いが聞こえたと同時に口の中へ優しい味が広がった。

余りの美味しさに、疲れも羞恥心さえも吹っ飛び頬を緩ませれば視界に小芭内さんの袖が映って耳を撫でられる。


「美味いか」

「はい、とっても」

「なら良い」

「んんー、幸せ…」


卵粥の美味しさにも、蕩けるような小芭内さんの優しさにも幸せを感じていれば顎に手を添えられ額を近付けられる。

口付けをする時、小芭内さんはいつもこうする。

大人しく目を閉じれば口布を取る音が聞こえて、唇に柔らかい感触が触れた。


「…ん、」

「今日一日、死ぬ程甘やかしてやる。分かったな、月陽」

「嬉しさでもう死んじゃいそう」

「それは困るな。この他にも計画があるんだが、味合わなくてもいいのか?」

「んー、やだ」


口を袖で隠しながら笑った小芭内さんに首を振って抱き着くと優しい力で抱きしめ返してくれる。


「ねぇ小芭内さん。死にはしないけど嬉しくて溶けちゃいそう」

「夜はもっと溶かしてやるから原型は留めておけよ」

「わぁ、助平」

「甘やかしてやる月陽不足の俺へ褒美も必要だとは思わないか?」

「ふふ、そうかも」


寂しいなんて言葉は言わないのが小芭内さんらしくて笑えば同じ様に返してくれる。
こんな風に甘やかしてもらえるなら、キツい任務も悪くないかも知れない。


「良く頑張ったな」

「ありがとうございます」

「だが冨岡に月陽を独占されるのは気に入らない。お館様のご意向なのは承知しているが」

「そればっかりは私も…でも、少なからず今日はずっと小芭内さんに独占されたいでふね」

「何を言ってる。これから一生、月陽を独占するのは俺だ」


それってもしかして、なんて思いながら目を細めれば自分が何を言ったのか理解したらしく頬を染めて視線を逸らされた。


「んふふー。是非、お願いします」

「煩い。黙れ。その緩んだ顔をどうにかしろ。お前にお願いされずとも、こうなったからには元々責任を取るつもりでいるだけだ」

「えへへへ」

「早く口を開けろ。まだまだ予定は詰まってるからな」

「はーい!」


食事を終えたらどんな事が待っているのかな。
何も無くたって小芭内さんが居てくれるのなら私は幸せだし癒やされるけど、今はこうしてくれる気持ちを有難く頂戴しようと思う。





end.

年末、忙しいですね。
お疲れな月陽さんに甘やかしてくれる月の子小芭内さんを。





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