私にはお慕いしている方が居る。

それは、同じ鬼殺隊であり水柱でもある冨岡さん。

偶然ではあるけれど、私は彼に助けられたのを切っ掛けに鬼殺隊へと入隊しやっと甲の階級まで登ってこれた。


狐面の噂が隊内に飛び交う中、そんな事はどうでも良く、柱としてとてもお忙しい彼を支えたいと私はただ鬼を斬った。

その日、たまたま帰り道が一緒になった友人と分かれ道まで話していた時の事。


「あ、ねぇねぇ。知ってる?例の団子屋」

「あぁ、あのお料理も出してくれる団子屋ね。知ってるわよ、私あそこの団子凄く好きなんだ」

「程よく甘くて美味しいよねー!って、そうじゃなくて。そこで働いてる女の子、見たことある?」

「最近忙しくて行けてなかったけど、あそこって奥さん一人でやってなかった?」

「それがちょっと前に女の子を雇ったみたいでさ」


何かを含ませるような言い方の友人に眉を寄せながら前に行った団子屋を思い出す。
そう言えば最近どことは聞いてなかったけど、可愛い女の子が働いててとか男の隊士が言っていたような気がしなくも無い。

だけど同性の私には可愛い女の子なんて興味は無いし、あそこの団子と食事を頂ければそれで良いのにどうして友人はそんな話をするのだろう。

そう思ったまま口に出して問いかけてみれば友人は気まずそうに視線を彷徨わせた後、そっと私の耳に顔を寄せた。


「水柱、そこに通ってるらしいよ」

「……通ってるらしいって、冨岡さんが?鮭大根が美味しいからとかじゃないの?」

「いや、多分それもあるとは思うんだけどね。私も軽く聞いただかだから」


ズキズキと胸を抉り取るような痛みに襲われる。
これはただの噂話。
確証があるわけでは無いし、勿論冨岡さんご本人がそう仰っていたわけではないらしい。

俯いた私に友人は申し訳無さそうに一言謝りながら、鎹鴉に呼ばれてどこかへ行ってしまった。

今日の予定は自分が受け持った管轄の見回りだけ。
まだ昼食も取っていない。

本来こんな噂話を鵜呑みにしたりしない筈なのに、恋とは随分厄介な感情らしい。

私の足はその団子屋へ向かっていた。   


「いらっしゃい!」

「こんにちは」


暖簾を潜ればいつもの奥さんが笑顔で迎えてくれてほっとする。
お母さんのようで、団子屋の奥さん…蒼葉さんは隊士からも近所の人々からも好かれていた。

私も例外では無く、蒼葉さんの笑顔にはいつも安心してしまう。


「久し振りだね、元気そうで良かったよ」

「覚えていてくれたんですね」

「あぁ。鮭大根を頼む子はあの人以外あんたしか居ないからね」

「あはは。蒼葉さんの鮭大根美味しいんですもん」


嘘は言ってない。
ただ冨岡さんが好物の鮭大根が食べた事無くて、私も好きになりたいと思ったのが始まりだった。
 
少しでも分かち合いたくて、彼の好みを知りたくて頼んだら私も好物になったと言うだけ。

勿論、蒼葉さんの作るご飯は鮭大根じゃ無くても美味しい。


「今日は食べていくのかい?」

「え、あ…じゃあ食べていきます」


蒼葉さんに頷きながら店内を見渡すけど、話に出てきた女の子は居ないようだ。
やっぱりただの噂だったと注文を済ませ湯呑みに口を付けようとした時、お店の戸が開かれ誰かが来たと告げる鈴がなる。


「蒼葉さーん!言われてた物買ってきました!」


明るい声が店内に響いて思わずそちらへ顔を向けるのを一瞬躊躇いながら辺りを見渡す。


「お帰り!助かったよ」

「いえいえ、たいしたことないですよ!あ、後藤さんいらっしゃいませ!」

「よ!」

「隠の皆さんもお疲れ様です」

「お疲れ様ー!」


月陽と呼ばれた子が店に入ってきただけで店内が更に明るくなった。
鬼殺隊士ではない一般客もその子に声を掛けている。


「あれ、初めて見るお姉さん!いらっしゃいませ」

「…こ、こんにちは」

「こんにちは」


やっと目があったその子は可愛くて、明るい笑顔の女の子だった。

――水柱、そこに通ってるらしいよ。

友人の言葉が頭の中でぐるぐる回る。
その間に彼女は色々な席に顔を出して料理を届けたり注文を取ったりと忙しそうだ。

多分、あの子が今鬼殺隊士の中で噂されてる子と言うのも間違いない。
顔を出すだけで周りの人達の嬉しそうな声が聞こえるもの。


貰った水を両手で包み込みながら震える手を眺めた。