「おやすみ、愈史郎君」

「あぁ、おやすみ」


夜も明ける頃、私達は一緒の布団に入り手を繋いで眠る。

寂しさを紛らわすかの様な幼稚な行動だと互いに分かっているけれど、自分以外の存在がすぐそばに居ると感じるととても落ち着くから。


細いのに少し筋肉質な愈史郎君の腕に頭を乗せて身体を寄せる。

私達を知っている人は誰も居ないこの世界で、お互いだけが唯一の存在。


「愛してる」


眠り掛けた私の耳にすっと入ってくる愛の言葉は誰に向けたものなのだろうか。

きっと、珠世さんに向けたのだろうけれど。

私もだよ、なんて言い返す事もないまま長い間を過ごしてしまったから、問い掛ける機会さえ見失ってしまった。


「月陽」


私の名を呼ぶ声に気付かないまま。










私達は鬼だから睡眠は本来必要としない。

けれど昔のように血をなるべく摂取せずに済むよう、寝る時間を設けた。


「よし、そろそろ町に出よう!」

「何処に行く」

「もう貰った血も無いでしょ?お金渡して献血してもらわなきゃ」

「俺が行くから月陽は此処で待っていればいい」

「やだ」


因みにこれが献血してもらいに行く時の私達のお決まり。
愈史郎くんは過保護が過ぎる。

もう鬼なのだから、力だって人の何倍も強いのに。


「今回は譲らん」

「私も譲らない!」

「言う事を聞けこの利かん坊!」

「そうですけど?手間が掛かるほど何とやらって言うじゃん!」


別についていきたいって訳じゃ無い時も私は必ずこのやり取りをする。

この時だけは、昔の様に私を扱ってくれるから。

怒られたい訳ではないけど、甘やかすだけの愈史郎君なんて愈史郎君じゃない。

珠世さんの代わりだけなんて嫌だ。


「貴様…」

「む!」


眉間にシワを寄せた愈史郎君に顎を掴まれ大変不細工な顔になっているだろうと思いながらも、反発するように頬を膨らます。


「…………ぶっ」

「むー!」

「っ、不細工な面だな」


つり上がっていた目と眉を下げて吹き出した愈史郎君に私も笑い返す。

私は、愈史郎君のこの笑顔が大好きだ。


「失礼だなぁ、もう」

「お前はもう少し女性らしくしろ」

「してるじゃん」

「どうだか」


ぐしゃぐしゃに私の髪を雑に撫でた愈史郎君に手を取られ、ほんの少し強く握り返す。

妹として見て欲しい訳じゃない。
でもたまには愈史郎君に珠世さんの代わりじゃなくて、私を私として見て欲しい。

その願いが今だけは叶えられるから、私はこれから先何十年、何百年も同じやり取りを繰り返すだろう。


「ねぇねぇ愈史郎君」

「何だ」

「今日はお祭りなのかな」

「…道理で人が多い訳だ」


降りた町には提灯が飾られ、楽しげな笛の音が聞こえる。

離れ離れにならないように、指先を交差させて握り直す。

横を通り過ぎていく恋人達を見て、私達もそう見えるのかななんて思いながら祭りの会場とは反対側へ歩いた。


「宜しければ献血をお願いできませんか?」

「礼はこの通りだ」


少し離れた所にある村でお金を渡し血を頂く。

試験管が10本程度満タンになったところでそろそろ帰ろうと踵を返し、また祭りをしている町へ歩いた。


「最後の所、お金多めに渡してたね」

「不満か?」

「ううん、流石だなって思った」


最後に血をくれたのはやせ細った男の人だった。

基本的にお礼は皆同じにしているけれど、場合によって増えたりはする。

最後の男性には家族が居た。
それに愈史郎君は気付いて少し多めに渡していたんだろう。

私達には少量の血があれば食事はいらない。


「愈史郎君のそういう所、昔から大好き」

「う、煩い!また血を貰いに来た時にそのほうがいいと思ったからだ」

「えへへ、そうですか」


何だかんだ優しい愈史郎君を長い歳月をかけて見てきた。
いつしかお兄ちゃんの愈史郎君ではなく、男の人として見てしまうようになってしまったから、そんな気持ちが少しでも伝わればいいなって思いながら打ち上げられた花火を見上げる。


「綺麗だね」

「あぁ」


そう笑って振り向いた先に、私を見つめる瞳と目が合った。