蝶屋敷で治療を受けた後、休んで行けという好意に甘え麻酔で眠る月陽の近くにある椅子に腰掛けた。

結局少しだが縫合する事になり、少しだけ見えた白い肌には過去に受けたであろう傷や火傷の跡があった。


「気負い過ぎなんだ、お前は」


規則正しく呼吸をする月陽の頬に触れ起こさないよう小声で呟く。
明るく、まるで子犬のように俺に懐く月陽はいつの間にか甘露寺とはまた別の癒やしとなっていた。

馬鹿な子ほど何とやらと言うのか、目が離せず困る。


「自分が死ぬときであろうと、お前は笑うのだろうな」


生きて鬼舞辻無惨を倒すと言いながら他人の為に自分の身体を盾にする月陽は自分の行動が矛盾している事など気付いてなどいないのだろう。

あの冨岡が過保護になるのも癪ではあるが頷けてしまう。

それ程に月陽という女は危ういのだ。


「そう易易と死んでくれるなよ」


まるで綿毛の様な柔らかい髪に触れていれば眠気が襲ってくる。
少し休む為に月陽の眠る布団に座ったまま上半身を預けて目を閉じた。

ふと自分の手に触れた少しだけ冷たい体温に思わずそれを握り締めると何故か落ち着いて眠りに落ちていく。




そこで俺は夢を見た。

目の前で小さな少女がベソをかきながら不釣り合いな刀を持って森を走っている。
あれは日輪刀だとすぐに分かった。

だとすれば誰なのかとよくよく少女の顔を見れば見た事のある顔をしている。


「月陽か?」


思わず声に出して名を呼べば、泣いていた少女が俺の方に視線を向ける。
これは夢だ、きっと俺に気付いたわけでもないだろうと視線の先を辿ろうと振り向き辺りを見渡すが誰かいる訳でもない。


「お兄ちゃん」

「…なっ」

「どうして私の名前知ってるの?父さんに言われて見に来てくれたの?」


随分と幼い月陽は俺の羽織を掴んで大きな瞳をこちらに向けている。
この状況ではこの言葉を向けられているのは自分だと思うほか無い。


「いや、俺は」

「大丈夫!見つけちゃった事は父さんに秘密にするよ!」

「…あぁ、そうしてくれると有り難い」


状況が把握できない俺はとりあえず幼い月陽に話を合わせ、膝をついてみた。
体を見ればそこかしこと切り傷や擦り傷がある。

さっきまで泣いていたから柔らかそうな頬は涙の跡がついていた。


「随分と泣いたようだな」

「だって、怖いもん。この森は日中でも暗いから」

「そうだな」

「何より、ひとりぼっちが一番怖いの」


小さな手が縋るように俺の羽織を掴み、小刻みに震えている。
当たり前だ。まだ六つくらいの少女がこんな森の中で一人きりなど怖いに決まっている。

そっと柔らかい髪を撫でてやれば、また黒曜石の瞳を潤ませ今度は両腕で抱き着いてきた。


「お兄ちゃん、月陽を一人にしないで」

「幼いお前は随分と素直だな」

「お願い、お願い…」

「心配せずとも俺は」


夢が続く限り消えないと言葉にしようとした瞬間、辺りの景色は一変した。
見渡せば家の中に居て炎に包まれている。

夢の中だからこそ熱さなど感じないが、目の前の光景に思わず息を呑んだ。


「はやく…逃げなさい!!はやっ…」

「黙れ女ぁ!!」

「朝陽!!!!」


月陽の母親らしき女は顔を潰され、絶叫した男の腹からは出てはいけないものがあふれ出している。

そしてそれを目の前で刀を構えながら震える幼い月陽。


「は、っ…あ"っ…」

「女の肝は特に美味い。体だけは残しておいてやる!」

「貴様っ、貴様ァァァァァ!!!!」

「男に興味は無い。さぁ、死ね」


過呼吸になりながら母親だったものを見つめ、次に父親を見ている。
鬼の鋭く尖った爪がその父親の心臓に狙いを定めた瞬間、過呼吸になっていた月陽の雰囲気が変わった。


「月の呼吸 玖ノ型 長月」


ぽつりと呟き強く踏み込んだ月陽の日輪刀は鬼を溶かした。
最も父親に夢中でしがみついている本人は気付いていないのかもしれないが。

何となく、月陽の過去を見ているのだと分かった。
先程俺に気づいたはずの月陽はこんな近くで見ているだけの俺の存在に反応する様子は無い。

大粒の涙を流し、父や母と共に逝きたいと懇願する月陽の姿に心が痛んだ。

その瞬間明るい光が辺りを包み、思わず顔を上げればこちらを見ている今の月陽と目が合う。


「小芭内さん、悪い夢でも見てたんですか?」

「…悪い、夢」

「とっても魘されていたので」


手が自分のものでは無い体温に包まれ視線をそちらに移動させれば月陽の両手がしっかりと握り締めてくれていた。