お前はいつも笑顔だ。 笑わなくていい時でこそ気丈に振る舞う。 誰かに、気を使わせないようにと。 「壱は鬼を逃さないよう陣営を!弐と参は私と共にかかれ!」 慣れぬ言葉を使い、多大な死者を出した隊士達を必死に鼓舞している。 たまたま近くに居た俺と月陽が駆け付けた時にはほぼ壊滅状態で救いようもなかった。 鬼の居所さえ掴めれば俺だけでも頸を飛ばす事も可能であったが、頭のいい鬼なのか透過する血鬼術を使い上手く隊士達を惑わせている。 「被害情報を教えて」 「こっちは既に三人がやられ、向こうの班は全滅です!後は、」 「蛇柱!また一人やられました!」 ここ一帯がまさに地獄の様な光景で、バラバラに聞こえる状況報告に眉を寄せる。 辺りは人間の急所だけを狙い血を吹き出した遺体がそこら中に転がって思わず鼻を塞いだ。 「おい月陽」 「はい」 「隊士共を全員下げろ。俺とお前で探す」 「しかし…」 「この惨状で正気を保てぬ者は足手まといだ。ただ被害を増やすだけになる」 どこから来るかも分からぬ敵の攻撃に恐ろしくなった隊士は腰が引け集中もせずに視線だけを動かしている。 これでは襲ってこられてもろくな反応も出来ずに死ぬだけだ。 「…撤退させるのにも安全な道を用意しなくてはいけません」 「そこら辺に一纏めにでもしておけ」 「もう、そんな事しないの知ってるくせに」 刀を抜き、辺りの気配を探る。 しかしどこに居るかは分かったとして、移動されては意味がない。 「…居ました、小芭内さん」 「逃げたのか」 「柱が来たのを察知したのかもしれませんね。少し距離を取ってっ…!」 何かが過る音がした瞬間月陽が一瞬で隊士の元に駆け出す。 「永恋さん!」 「っ…小芭内さん!鬼は西側、そう遠くない一番背の高い杉の上に居ます!」 「了解した」 隊士を庇った月陽の腕から血が吹き出し、後ろに刺さった矢のようなものが姿を見せた。 厄介な鬼だと舌打ちしながら言われた通りの方向へ向かう。 「鏑丸」 随分と腕の立つ弓兵のような的確な軌道だった。 早く仕留めなくてはまたあの愚図共が月陽の足を引っ張りかねない。 実力不足でなく恐怖で動けなくなるというのは問題外だ。 鏑丸に頼み索敵をしてもらいながら杉の木を目指す。 「月陽が言ってたのはここか」 木の上に向けて刀を振るうが手応えはない。 「………」 しかし、何かが発射された音が聞こえその方向へ目を向ける。 何度も発射音が聞こえたという事は月陽が上手く引き寄せている可能性があるが、手負いでもある以上長引かせる訳にはいかない。 「あれは俺のお気に入りだ。手を出した事、地獄で詫びろ」 いかに姿を隠せど、音さえ拾えれば場所など分かる。 場所を特定し、そこへと刀を振れば叫び声が聞こえ血が吹き出た。 痛みによって血鬼術が解けてしまえば手こずる理由など一つもない。 あっという間に頸を刎ね、月陽の元へ戻った。 「小芭内さん!」 「永恋さん、困ります!ちゃんと止血しないと…!」 「任務は終わりだ。胡蝶の元へ行くぞ」 「わっ!」 涙目で月陽を追う隊士を振り切ってこちらに駈けてくる血だらけの体を抱き上げ、そう遠くない蝶屋敷へと運ぶ。 「小芭内さん、ちゃんと一人で歩けますよ!」 「お前はもう少し自重するという事を覚えろ」 「ちゃんと急所は避けられる自信があったので…」 「急所を避けられたら当たってもいいと?そういう考えが後々響く事くらいその階級になっても分からないのか。俺がお館様であったならお前など癸まで落としてやるな」 「ひぇっ、ごめんなさい!」 溜まりに溜まった文句を少しばかり言ってやればやっと謝った月陽にため息をつく。 どうせこの傷で囮をする為に駆け回っていたのだろう。 場所を特定する事は出来たが意地でも感謝はしないと心に決めながら夜明けの道を歩く。 「小芭内さん」 「何だ」 「もっと強くなりたいです」 やっと大人しくなったと思えば何の話だと視線を月陽へ向ければ、言葉とは裏腹に笑みを浮かべている。 違和感のある笑顔だ。 「無理に笑うな。その顔は特に気に食わん」 「あれ、笑ってました?」 「は?」 「すみません、私表情筋が一部おかしくなってるようで」 悲しい時、何故か私の顔は笑みを浮かべてしまうんですよね。と遠くを見つめる月陽に足を止めてしまった。 何処か遠くにでも行ってしまうのではないかと言うほどに存在が危ういものに見えてしまう。 そんな月陽に無意識で抱える腕に力を込めれば傷口に触れたのかいつものような脳天気な声が痛いと叫んだ。 ←→ |