一応の為、白湯を飲んで眠りについたこいつを見届け珠世様に報告へ行く。


「失礼します、珠世様」

「あら、月陽は寝たのですか?」

「はい」

「ご飯は食べられたの?」


椅子を回転させ俺へ振り向いた珠世様は見返り美人の掛け軸以上に美しい。
しかし報告は俺の仕事、頭を振り姿勢を正した。


「アレはどうやら固形物を食えないようです」

「アレではなく月陽です。しかし、やはりそうでしたか」

「食い物を食っては吐きを繰り返していたので、白湯を飲ませておきました」

「そうね。ありがとう、愈史郎」


そう言って俺に微笑み掛けてくれた珠世様はまさに絶世の美女だ。
アイツの為ではなく、珠世様の為に動いてると思えばいい。


「引き続き月陽を頼みますよ、愈史郎。貴方はお兄さんなのだから」

「…お、お兄さん…」

「あの子は小さくか弱い。心も支えてあげてほしいの」

「……それが珠世様の願いなら」

「えぇ」


俺は珠世様の部屋を出て、再びあいつの部屋へと足を向ける。
兄。兄とはどういう振る舞いをすべきなのか。

しかし鬼と人では何もかも違う。
力の加減を間違えばあの細い腕などあっという間に折れてしまう。

ふと、何かの足音が聞こえ顔を上げれば無表情なまま俺へ猛突進してくるアイツが居た。


「なっ…!」

「ゆしろうさん!」

「お、おい!止まれっ!」


子どもとは思えぬ程の跳躍を見せたアイツが俺の胸の中に飛び込んでくる。
この程度受け止める事は造作もないが、しがみついて離れないこの身体に触れるのは何故か憚られた。


(壊れてしまいそうだ)


恐る恐る脇下に両手を入れ持ち上げれば、俺の服をしっかりと掴み離さないコイツのお陰で合わせ目が伸びてしまう。

まるで赤子が母親から離れたくないと駄々をこねる様に見える。


「何だ」

「怖かった」

「はぁ?」

「目を離したら、またゆしろうさんやたまよさんが襲われてしまうかもしれない」


ガタガタと歯を震わせ俺の髪に触れる小さな手。


「私が守らなきゃ。悪い鬼は、私が斬るからっ…」


居なくならないで、と小さい声が耳に届いた。
食事も喉を通らず苦しんでいるくせに、俺達を守ると言ったコイツの腰には大きさの不釣り合いな日輪刀が差し込んである。

これは俺達に向ける為に持ってきた訳ではなく、俺達に牙を向ける鬼の為に持ってきたのだとなんとなく分かった。


「…俺より弱いお前が守る?ふざけるな」

「でも、」

「守りたいのなら強くなれ。誰にも負けない程強くなれ。生き抜いて、自分の力を磨け」

「…生き抜いて」

「生きる力の無い奴に俺達は守られるほど弱く無い。分かったか」


宙ぶらりん状態のコイツの目を見てそう言えば、ぽつりと俺の言葉を復唱した。
やせ細った身体は軽く、きっと片手でも持ててしまうかもしれない。

そろそろ床におろしてやろうとした瞬間、服を掴んで離さなかった手が俺の両頬に触れた。


「分かった。私、もっと強くなる」

「……」

「家族の為に、強くなるよ。ゆしろうお兄ちゃん」


初めてコイツが笑った。
たんぽぽの綿毛の様にふんわりとした笑みに、心臓が締め付けられる。

珠世様とはまた違うこの気持ちは何なのか分からなかった。
ただ、この小さな手を守りたいと思ったそれだけは理解した。


「…おい」

「はい」

「お前を妹と認めてはいないが、もし…俺と組手をして一本でも取れたのなら認めてやらんでもない」

「ほ、本当?」

「一本取れたらだからな!それまではさっさと飯食えるようになって鍛錬でもしてろ!分かったか、月陽」


そう言って目を合わせれば、月陽は本当に嬉しそうに花でも芽吹くかのような笑顔を見せた。

今まで無表情だった癖に、名前を呼んだだけで笑うのならもっと早く笑っておけばよかったものの。


「うん!私頑張る!」


まだ小さな手を俺の首に回し抱き着いてきた月陽。
暖かな温もり。

俺はやっと、珠世様が月陽を連れ帰った意味を知れた気がした。


その日から、俺の大切な者が増えた。

珠世様と、あっという間に大きくなっていく妹。
守らねばならない大切な家族。


いつまでも、皺くちゃの婆になろうとも、お前は俺の初めての妹。




end.