この恋を自覚してから、月陽のどの部分に触れても心臓が煩くて仕方なかった。

綺麗に見えて皮の堅くなった指も、柔らかそうな頬も、華奢な肩も。
全てが俺を掻き乱してどうしようもなかった。


「義勇さん?」


その声で名を呼ばれる度に、自分の名前が好きになった。
こんなにも後ろ向きで、嫌われなくともけして人に愛されるような人間ではない俺に微笑みかけてくれる。

孤独を望んでいた筈の自分はいつしか居なくなっていた。


「もっと…もっと、俺の名を呼んでくれ」

「どうしたんですか、もう。私で良ければ何度でも呼びますよ、義勇さん」


最初こそ姉さんや錆兎達に申し訳ないと思ったし、恋愛にうつつを抜かして居る場合じゃないと自分の心を否定してきた。

それなのに、気が付けば月陽を求めていた。


「甘えん坊さんな義勇さん可愛い」

「可愛くない」

「いいじゃないですか。鬼殺隊の中で私以外誰も知らない一面が見れて嬉しいですよ」


男らしくあろうとする俺の頭を撫でて鼻を合わせた月陽が目を細めてこちらを見つめている。
こんな事では錆兎に笑われてしまうだろう。

けれど、月陽の前だけでは許してもらえないだろうか。


「どうにも、俺は月陽に弱いようだ」

「ふふ、今更ですか?」

「知っていたのか」

「えぇ。私は義勇さんに甘えさせてもらってますから。きっと…貴方と出会ったその日から」


ふと門に頭をつけて項垂れていた月陽を思い出す。
随分と変な女だと思った。

しっかりした口調の割にはどこか抜けているくせに、所作はどこを見ても美しい。


「義勇さんとお付き合い出来た私は世界一幸せな人間ですね」

「俺にそんな価値などない」

「私にとっては世界の中心に居る方なんですから、そんな事言ったら嫌です。義勇さんじゃなきゃ嫌なんですから」


いつまで経っても自信のない俺を珍しく自分から口付けてくれた月陽は照れたように目尻を下げた。

本当に俺が月陽の世界の中心に居るとするのならばこんなに嬉しい事はない。


姉さんにも、錆兎にも紹介したかったな。


「義勇さん、泣いてるの?」

「……泣いてない」


ただ、余りに幸せ過ぎて、幸せの粒が溢れただけだ。

薄く色付く唇に優しく触れ、強く抱き締める。
月陽の体温に触れるだけで、生きていると実感が湧く。


「…早く嫁げ」

「あはは、随分とせっかちですね」

「せっかちで構わない」


月陽は俺の妻なのだと早く周りに言いたいんだ。
そうしたら未だに彼女を狙う輩はもっと減るだろう。負けるつもりなど毛頭ないが。


「それなら、早く平和な世の中にしなきゃですね」

「そうだな」

「私も早く義勇さんのお嫁さんになりたいし、その…い、いつかは子も授かりたいです」


羽織の裾を握った月陽は嬉しそうににはにかんだ。


「義勇さんは面倒みがいいから素敵なお父さんになりますね」

「そうだろうか」

「はい。想像しただけですごくキュンとします!」


自分のこの手がいつか子を抱く事を想像してみたが余りピンとは来ない。
だがもしその時が来たならきっと言い表せない程に幸せなのだろう。
先生に見せたらきっと涙を流して喜んでくれるに違いない。


「楽しみだな」

「えぇ、とても」

「なら子作りの練習でもするか」

「…もう何度も練習したかと思いますが?」

「まだし足りない」

「それしたいだけじゃないですか!」


駄目です、と言ってそのまま押し倒そうとした俺の鼻を弾いた月陽はまるで近所の利かん坊のように舌を出す。


「接吻まで、って言いましたからね」

「……足りない」

「さっきも言いましたがこれからお夕飯です。めっ!ですよ」

「…なら明日の朝食は遅めにしておく」

「え、何故」

「我慢した分、満足させてくれ」


俺の発言に出した舌を引っ込め真顔になった月陽の耳元を一舐めして微笑み掛ければ、勢い良く自分の顔面を両手で抑え肩を震わせた。

お館様からのご厚意も勿論だがゆっくり過ごせるこの機会を逃がすつもりもない。


「覚悟しておけ」

「もうやだ…この人…ズルい」


いつか鬼の居ない世界で今度は三人で来れたらいいと思う。

顔を見せてくれない月陽に口づけを落としながらそんなことを願った。




End.