そのまましっかり任務を終えた僕は未だに額に残る感触に呆けながら屋敷へ帰る。


「ただいま」

「おかえり!」


扉を開けるとすぐ目の前には割烹着を着て両手を広げた月陽が居て、頬が緩む。
誘われるままその腕の中に飛び込むと心が満たされた。


「怪我はない?」

「うん」

「それなら良し!じゃあ手洗っておいで。ご飯食べよう」

「はーい」


割烹着を着ていたってことは月陽が夕御飯を作ってくれたんだろうか。
きちんと手を洗って部屋へ帰ると二人分のご飯を用意した月陽が俺を待っていてくれた。


「給仕の方々にお願いして手伝っちゃった」

「美味しそう」

「ふろふき大根もちゃんと温めておいたよ。食べよう」


向かい合わせに机に座った僕達は手を合わせてご飯を食べる。
月陽が来たのは驚いたけど、凄く幸せだ。


「冷めたのも美味しかったけど、やっぱり温かいのが一番美味しいね」

「本当だね!煮物って二日目とか凄く美味しいし」

「月陽が作ってくれたから余計だね。ありがとう」

「どういたしまして」


すぐ忘れてしまう僕だけど、この一日は絶対忘れない。
ここに来てお館様やあまね様にしてもらった事はとても嬉しいし感謝はしてる。
けど、月陽がこうして一日中ずっと側に居て甘やかしてくれるのが一番嬉しい。


「無一郎、ご飯粒ついてるよ」

「ん」


何かこうしてると夫婦みたいだね、なんて言葉はでなかった。
きっと笑ってそうだね、って本気には捉えてもらえないから。

いいんだ。
多くは望まない。


「んん、この鯖すごくおいひー!」

「ほんとだ」


今日はこのまま楽しい一日で終わらせて、俺が柱になったらちゃんと言うんだ。
いつか、この気持ちが実らなかったとしても。

ご飯を食べ終わった後、汚れを落とす為にお風呂に入って着替えた俺が部屋に戻るとまだ月陽は戻ってきてないみたいだった。

布団が二組少し離れて敷かれていることにちょっと寂しい気持ちになる。


「…………まぁ、そりゃそうだよね」

「あれ、折角一緒に寝るのに離れてるー!くっつけちゃお」

「!」


いつの間に俺の背後にいた月陽が声を上げると、横を通り過ぎて離れていた布団をくっつける。

本当に月陽はそうやってさ、ずるいよね。


「よーっし!夜の語らいを始めようか!」

「うん、そうだね」


流石に一つの布団では寝ないけど、枕をお互いに寄せ合って色々な話をした。
僕が知らなかった月陽の過去や月の呼吸の話し、なんてこと無い話し。
たくさんたくさん話した。明け方になるまでずっと。


「無一郎、生まれてきてくれて、出会ってくれてありがとう」


眠りにつく前、月陽のそんな声が聞こえた気がした。

数時間後、目を覚すとここを出る支度をする月陽の背中が見える。


「…帰るの?」

「あ、起きたんだね!私も今日は仕事があるからそろそろ帰ろうと思って」

「……やだ」

「んー寝起きだから余計に可愛い。大丈夫だよ、また顔出しに来るから」


ちゃんと見送ってあげようと思ってたのに月陽が帰るってなったら無理だった。
帰したくない。
ずっと側に居てほしい。

お腹に腕を回して正座した膝の上に顔を乗せるとわしゃわしゃと髪を撫で回される。


「よしよし」

「…そうやって子供扱いして」

「普段頑張ってる無一郎の事、甘やかしに来たんだもん」

「そしたら皆そうじゃん」

「無一郎は特別」


ほんとズルいなぁ。そんな事言われたら分かったって言うしかないじゃん。

それに、


「月陽」

「あ、義勇さん!」

「迎えに来た」


お迎えも来ちゃったし、俺だけの月陽の時間はおしまい。
唇を尖らせたまま仕方なく離れると冨岡さんと目が合った。

普段喋らないし何考えてるか分からないくせに、こういう時だけは本当に分かりやすいんだから。


「無一郎」

「何?」

「またお泊り来るね」


こそっと俺の耳元で囁くとニコニコと笑った月陽が僕の頭を撫でて手の中に飴を渡して冨岡さんの元に行ってしまう。

やっぱりずるいや、冨岡さんは。


「またね、無一郎!」

「…うん、また一緒に寝ようね」

「!?」


最後に冨岡さんだけに意地悪な事言うくらいで済ませてあげる。
別にいいでしょ、これくらい。

普段は冨岡さんが独占してるんだから。

姿が見えなくなるまで月陽は手を振り続けてくれた。




おわり。

ひたすら無一郎君を甘やかす月陽さんのお話しでした!