「小芭内せんせー!」


それから月陽の担任は彼女が三年になっても変わることなく俺が受け持つ事になった。

三年も一緒だとやはりと言うかこいつはよく懐いて今では名前で呼んでくる。

こちらの気も知らないで、そう思いながら振り返れば相変わらずの笑顔で手を振っていた。


「何だ」

「見て見て、真菰ちゃんに貰ったんです」


ぐ、と顔を近付ける月陽に戸惑いながらそれを気付かれないように袖で隠す。
今までにない程近寄った月陽を見るといつもより血色が良い気がする。


「……口紅か?」

「んー惜しい!リップです!」

「色付きのリップは校則違反だろう」

「小芭内先生に見せたかったんだもん」


ぷぅ、と効果音がつきそうな程に膨らんだ頬に思わず顔が緩む。

すぐこいつは可愛らしい事を言うのだ。
人の気も知らないで。


「俺に見せても仕方ないだろう」

「でも先生気付いてくれましたもん」

「それは」

「えへへ、嬉しい」


締め付けられる様な感覚に月陽から目を逸らす。
本当は見せに来てくれたのが嬉しい。

教師と生徒でなければ今すぐにその唇を奪ってやるくらいには可愛いと思っている。


「可愛いでしょ!真菰ちゃん流石ーっ!」

「…あぁ。可愛い」

「…………っっ、!」


思わず出た本音にどこかぼんやりとしていた月陽の顔が一気に赤く染まる。
その予想外の反応に思わずとは言え出た言葉に少しだけ褒め称えたくなったのもまた事実。

まさかこんな顔をされるとは思わなかった。


「…せ、先生ってば!やめてくださいよもう!」

「どうした、顔が赤いな」

「だって…う、嬉しかったんですもん…」


その瞬間自分の体にまるで雷が走ったような感覚に襲われ今度は俺が動きを止めてしまった。
変な受け取り方をしてはいけない。

この年の頃は年上からの褒め言葉に弱いのかも知れない。
そうだ、きっとそうだと自分に言い聞かせながら己を律する。


「小芭内先生は、お世辞を言う人じゃないから…照れます」

「っ、もうやめろ…」

「えぇっ!」

「俺は、教師だ。だから」


これ以上可愛い事をするな。
期待を持たせるな。

だと言うのに言葉とは正反対の行動をしてしまう。

そっと頬を撫でて、言葉には出来ない愛しさを表す。
これくらいなら許されるだろうか。


「…月陽」

「小芭内、先生…」

「幸せか?」

「幸せ…う、うん。幸せ、だと思います」

「………それならいい」


月陽が幸せならばそれが一番だ。
俺がしてやれなくとも、それでも。

手を離そうとした時、されるがままだった月陽の手がそれを拒んだ。


「でも、小芭内先生と居るともっと幸せです」

「なにを、言って」

「先生、私が生徒じゃなくなっても可愛がってくれますか?」


大切そうに俺の手を握る月陽はさっきよりも顔色を紅潮させ真っ直ぐにその瞳を向ける。

可愛がっている自覚はあるし、自覚されている事も分かっていた。

期待、してもいいのだろうか。


「……月陽。お前の卒業を見届けたら、伝えたい事がある。それまで待てるか」

「…ん、頑張ります」


例え卒業後だとしても、元教え子に手を出せば後ろ指を指されるかもしれない。
だが俺はこのチャンスをどうしても逃したくは無い。

月陽を、諦められない。


「楽しみにしてます、小芭内さん」

「っ、お前…!」

「なんちゃって!えへへ」

「誤魔化すな」


もしかしてと思うより先に手が離れていった月陽の腕を掴んでいた。
少し強く握ってしまったかもしれないが、もし俺の勘が合っているのなら誤解はして欲しくない。

俺は、今の月陽も好きなのだから。


「大丈夫です。これ以上一緒に居たら先生が何か言われちゃう。ちゃんと、卒業後に話しますから」

「そう、だな」

「はい」


月陽は可愛らしく微笑んで踵を返す。
それをもう一度腕を掴むことで止め、耳元に口を寄せた。


「そのリップ、男の前ではつけるなよ」

「……ひ、ひぇぇ…!」

「気を付けて帰れよ。月陽」

「はいぃぃ!!!」


今度こそ帰っていく月陽の後ろ姿を笑いながら見送る。
卒業後が楽しみだ。凄く。





―――
――




そうして迎えた卒業式。
一年の頃とは見間違えるように生徒達は成長した。

式の後、卒業生が集まり食事を取るという場に俺も呼ばれていて少し緩めたネクタイをもう一度締める。


「小芭内せーんせ!」

「月陽…」

「はい、これ!」


笑顔で差し出された寄せ書き。
そこにはクラス全員からのコメントが書かれていた。

こんな俺が担任で嫌ではなかっただろうか、そんな事を思っていたが目を通すとそこには俺と鏑丸の絵や感謝を綴った文字が所狭しと書かれている。

そんな中最後に書いたであろう月陽の字を見つけ読んでみれば顔中に熱が集まって思わず袖で覆う事になった。

教師をしていてこんなに感動するとは思わなかった。


「先に行ってますね!」

「…あぁ」


声は震えていなかっただろうか。
そそくさと出て行ってしまう月陽を追い掛けようと椅子の上に置いてあった鞄に寄せ書きを入れて歩き出す。


『高校3年間、見守ってくれてありがとうございます!ねぇ先生。今の私も好きでいてくれていますか?』


会食が終わったら、すぐにでも伝えよう。
今のお前も愛していると。

今度は俺が幸せにしてみせる。

校庭で自分の両親と見覚えのある男に飛びついた月陽を見て目を細めた。

振り返った奴に不敵な笑みを向ければ眉を寄せたからあいつももしかしたら記憶があるのかもしれない。
悪いな冨岡。お前の大切な月陽は俺が貰い受ける。




end.

そろそろ卒業シーズンと言う事で!
大正は義勇さん落ち→今世は小芭内さん落ち設定。

月の子要素はほんの少しです。笑