「……」

「あ、あれ?美味しくなかった?ごめんね!!」


冷めてるはずのふろふき大根が心を温めてくれて、何だか懐かしい気持ちになる。
泣きたくなるような悲しい事は無いはずなのに、今凄く泣きそう。

それを堪えるために黙った僕に、美味しくないと判断した月陽がおろおろしながら手を差し出してる。


「吐き出していいからね?」

「………吐き出すわけないよ」

「いや、でも」

「嬉しくて噛み締めてただけなんだ。ありがとう月陽、どのふろふき大根より美味しい」


差し出した手を取って頬擦りしながら思った事を伝えれば、ほっとしたように眉を下げた。
仮に美味しくなかったとしても、月陽が作ったものなら全部食べるよ。

他に人になんかやらない。
だってこのふろふき大根は月陽が俺の事だけを思って作ってくれたものだから。


「良かった。味見した時は大丈夫な気がしたんだけど、出汁が染み込んで味が変わっちゃったのかと思ったよ」

「ううん、余計に美味しくなってる。月陽みたいだね」

「え、私?」

「うん」


ゆっくりと心に染み渡る月陽の優しさみたいだ。
でもふろふき大根と違って、月陽の優しさは腐ったりしない。

ずっと心にあって、俺の心を包み込んでくれる。


「羨ましいな、冨岡さん。こんなに美味しい月陽の料理がいつでも食べられるなんて」

「ふふ、そんなこと無いよ。また無一郎の為だけに作ってきてあげるね」

「…うん、約束」


僕の為だけになんて言葉がどうしようもなく嬉しくて、小指を立てて月陽に見せれば同じ様にして立てた指を絡ませてくれる。
月陽が家族になったら毎日幸せなんだろうな。

帰ったら月陽が居るだけでも幸せなのに。
でも今日はあえて仕事にはついてこないで俺を待ってくれると言った。


「稽古したら、仕事の前に仮眠取ろうよ」

「私も?」

「うん。膝枕もいいけど、一緒に寝転がるのもいいなって」

「確かに」


約束通り、稽古をした後汗を拭いて縁側に転がった。
寝転がりながら最近の事を話したりしていたら、僕より先に月陽がウトウトし始めてその様子を眺める。


「無一郎は…今、しあわせ?」

「うん、幸せだよ」

「そっ、かぁ…ふふ…私も嬉しい」


顔を見合わせて今にも眠りに落ちそうな月陽と笑い合う。
鬼さえ居なければもっと幸せだし、俺の側にずっと月陽が居てくれたならもっともっと幸せなんだろうな。

頬杖をつきながら寝息をたて始める月陽の顔を眺めた。
こっちに伸びてる手に指を絡ませてもっと距離を詰める。

少しずつ太陽が出始めて、月陽の顔に日が当たらないように抱き寄せれば笑いながら腰をとんとん叩いてくれた。


「おや」

「お館様、あまね様」

「気持ち良さそうですね」

「月陽が来たから顔を出そうと思ったけど、これは出直した方が良さそうだね」


僕と月陽に影がかかって顔を上げればそこにはあまね様を連れ添ったお館様がこっちを覗き込んで笑い掛けてくれる。

起き上がろうとすれば手で制されて無言で頷く。

あまね様も、お館様も気持ち良さそうに眠る月陽の寝顔を見ながら縁側に座ってくれた。


「良かったね、無一郎」

「…はい」


あまね様が僕の、お館様が月陽の頭を撫でてくれてその心地よさに身を任せて目を閉じた。
深い眠りに落ちる前、二人の優しい笑い声が聞こえた気がする。




……………


「無一郎、無一郎。起きて」

「ん…」

「そろそろ仕事に行く時間だよ」


月陽の優しい声に目を覚ますと、お館様達は居ない変わりに掛け布団が掛けられていた。
重たい瞼を擦りながら身体を起こすと、髪の乱れを直すよう頭を撫でられる。

なんていい寝起きだろう。


「おはよう、月陽」

「おはよー」


目の前でニコニコ笑う月陽の身体に抱き着くとしっかり抱き返してくれる。
良い香りがする髪に顔を擽られて笑い声を上げた。


「あはは!擽ったいよ、月陽」

「あ、髪の毛?へへへ、ごめんねー」


暫くじゃれ合って遊んでると、本当にそろそろ仕事に行かなきゃいけない時間になって渋々月陽から離れる。


「…行ってくるね。月陽」

「待ってるから、怪我しないでね」

「分かった」

「おいで無一郎、おまじない」


呼ばれるまま月陽に近寄るとおでこに柔らかい感触が触れた。


「…月陽?」

「さ、行ってらっしゃい」


顔に熱が集まる感覚にぼんやりしたまま月陽へ背中を向けて仕事に出た。
凄く柔らかかった。