「と、冨岡さん!」

「…何だ」

「あの、宜しければご一緒してもいいですか?」


ある日あの子が居ない時に冨岡さんに声を掛けてみた。
まだ注文したばかりなのかお茶を飲んでいた冨岡さんは何を考えているか分からない表情で此方を見返してる。


「……話すのは苦手だ」

「い、一緒に食べたいだけなんです」

「別に構わない」


顔を逸らした冨岡さんの無表情とは逆に私の顔には笑みが浮かぶ。
話さなくたっていい、側に居させてくれるのが嬉しい。

失礼しますと一言告げてそれとなく椅子を冨岡さんの側に寄せた。
食事を待っている間私が話し掛けると頷いたりそれなりの返事をしてくれた事でその日の私の気分はとても高揚して単純なものだなと思う。


「よし!頑張るわよ!」

「現金よね」

「だって、一緒に食事してもらえたんだもの」


好きな人と共に過ごせる時間は幸せに決まってる。
人を寄せ付けないあの人が隣り合って食事を取るなんて早々ないことだと友人も頷いてくれた。

今なら私一人でも鬼の頸を狩れる。
そう思っていたのに。


「…何でよ」


私の周りは血の海になっていた。
刀を持っていない方の片腕はその海のどこかに置いてある。

呼吸をしっかり整えなくちゃいけないのに、息は浅くなるばかり。

獣のような鬼が喉を鳴らしながらこちらへ向かってきている。


「とみおか、さん」


膝を地面につけ大好きな彼の名前を呼ぶ。
好きだと伝えれば良かった。

大粒の涙は生きたいと嘆くのに、心が折れて動く気力が無い。


「月の呼吸 葉月」


鬼の爪が間近に迫った時、鈴のような声が聞こえて私を殺そうとしていたそれがばらばらと地面に落ちていく。

舞い降りたその華奢な背中は私を守るように立っていて、月の明かりも合わせ神様なのかと錯覚するほど幻想的だった。


「集中して止血」

「…っ、」


此方に視線を向けないまま日輪刀を構えて鬼へ向かっていく。
あの人が狐面なのだと一瞬で分かった。

軽やかな身のこなしは私達のような普通の隊士と違う事を物語っている。

少しの時間も掛からずここまでの犠牲者を出した鬼は頸を斬られ喚きながら消えて行った。


「…大丈夫ですか」

「なん、で」

「え?」

「死なせてくれたら良かったのに」


片腕も無い、もう戦力にはならない。
そうなれば鬼殺隊を辞めるしか方法は無い。

狐面がどれ程強いのか噂には聞いていたのに私は全く安心しなかった。
死への恐怖より、居場所を無くすことが上回って助けてくれた人へ一番ひどい言葉を投げ掛ける。

私も死に物狂いで助けた人に何度か言われた事があって、凄く悲しい気持ちになった事だってあるのに。


「友だちも死んじゃった…鬼殺隊ももう続けられない…だったら、」

「駄目だよ」

「っ、アンタに何が分かるの?!」

「居場所が無くなる辛さも、大切な人が居なくなってしまった辛さも分かる。でも、あなたはちゃんと刀を握ってるでしょ」


静かに私の言葉を否定した狐面を睨み付ければ、冷えた手が残った腕を優しく撫でる。

私の手は、狐面の言うとおり日輪刀を握り締めて震えていた。


「最後まで抵抗をしようと、責務を果たそうとしたんだね。お館様も、きっと…冨岡さんも褒めてくれるよ。生きていて良かったって、言ってくれるよ」


優しい言葉に止まっていた涙がまた溢れだす。
お館様も、冨岡さんもそう言ってくれるのだろうか。
私が生きていて、良かったと。

嗚咽を漏らす私の失った方の腕を無言で止血してくれる狐面は大丈夫、と表情は見えないのに笑ってくれていた気がした。


「隠の人が来るから、此処で休んで」

「……あなたは、何者なの」

「貴女と一緒だった者だよ」


落ち着いていた声が一瞬寂しそうな雰囲気に変わり狐面は立ち上がる。
もう話す気は無いんだと振り返ることなく歩き出したその背中が冨岡さんと重なった。


「……ありがとう」


私の言葉に一瞬立ち止まった狐面は少しだけ振り返って面を鼻くらいまで持ち上げて美しく微笑んだ。




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