「月陽は居るか」

「あ、小芭内さん!」


ふと顔を上げれば蛇柱があの子に声を掛けている。
あの人を名前で呼ぶなんて相当親密でない限りあり得ない。

あの恋柱でさえ、名字で呼んでいるというのに。


「変わりないか」

「えぇ、相変わらず元気ですよ」

「なら良い。鏑丸がお前を案じていたから顔を出したが折角だ、蒼葉殿の団子を甘露寺に包んでもらえるか」

「勿論ですよ。私が決めてしまっても?」

「あぁ、お前に任せる」


初めて聞く優しい声に目を見開いた。
蛇柱が来てからあの子へ視線を向けていた男たちも今は目を逸らして二人の会話に耳を傾けている始末。

盗み見するように視線だけ蛇柱へ向ければ団子を選ぶあの子を見つめている。


「はい、お待たせ!」

「っ、あ…ありがとうございます」

「ふふ、伊黒さんの様子に皆驚いてるんだねぇ」

「え、あ、いや…」

「いだっ!」


こんな事を話してると蛇柱に聞かれればまたネチネチと説教されてしまう。
注文した物を届けてくれた蒼葉さんの言葉に首を横へ振ろうとした瞬間、物凄い音を立てて小指を棚にぶつけたらしいあの子が呻いていた。


「おやおや」

「貴様は相変わらず忙しないな。そんな事で蒼葉殿の足を引っ張っているのでは無いのか。足運びなどお前なら当たり前に出来る筈だろう」

「すみません…」

「ただし団子を落とさなかった事だけは褒めてやる。おい、足を見せろ。俺が注文したせいで怪我をしたと言われたらたまったものではないからな」


そんな二人の様子を見ていつもの説教が普段隊士へ向けられたものの数十倍優しいものだと思ったのは私だけでは無いと思う。
あの子は一般人だけどそれにしても差があり過ぎる。

更には当たり前のようにあの子を横抱きにした蛇柱が椅子にそっと座らせ、優しい手つきで足袋を脱がせているのだから私は夢でも見ているのだろうかと目を疑ってしまった。


「腫れてはいないがよく冷やしておけよ。今日は俺が共に居るから心配は無いが…まさか一人でもこんな事をしてるのでは無いだろうな」

「いやいや、まさか」

「こちらを見てから言え」

「いひゃいいひゃい」


仲睦まじいそのやり取りを見て私はどこか安心してしまった。
正直蛇柱は恋柱を好いているのだと思っていたから意外ではあったけど、会話を聞く限り二人は今日逢引をする予定のようだ。

あの子の頬を人差し指で突きながらも声は優しい。


「伊黒さんと居るならあたしも安心だね」

「今夜は楽しみにしておけよ」

「むむむ…」


この様子なら二人は付き合っているのだろうか。
人前でこんな風に周りへ聞こえるよう話しているのだから、蛇柱の方はその気に間違いない。

震えていた手も収まり、目の前に運ばれた食事を口へ運ぶといつもの蒼葉さんの美味しい鮭大根が更に美味しくなっていて驚いた。


「また夜に来る」

「お待ちしてますね」

「あぁ、いい子で待っていろ」


長い袖があの子の頬を撫でて蛇柱は大量の団子が入った箱を持って店を後にした。
好きな人に他の女性への贈り物を用意させるのはどうかと思うけどそこは私が意見するところでも無いし、二人には二人の意向があるのだろう。

それに、鮭大根がまた美味しくなっていたから冨岡さんが通う理由も理解出来た。

あの子が目当てなんてやっぱり噂だったんだ。

だってあの子は蛇柱とお付き合いしているのだから。
蒼葉さん公認で。


だから大丈夫なんだって、私はどうして思っていたんだろう。

でも、言い訳をするならあの子や蛇柱が悪いんだと言いたくなってしまう気持ちも分かってほしい。

恋仲でもない方と夜に会うなんてしないでしょ、普通。

蛇柱とあの子が付き合っていない事を知ったのは、その場面に遭遇した日から少し経った時の事だった。


「あ、冨岡さんだ…!」


たまたま店を訪れた時、端の方に座る特徴的な羽織りの彼が座っていた。
良ければご一緒させて貰えないだろうかと近づく為に足を踏み出したその時。


「義勇さん、お待たせしました」

「あぁ」


今では聞き慣れたあの子の声が冨岡さんの名前を呼んでいる。

鮭大根を持ってきたあの子へ振り向いた冨岡さんは蛇柱と同じように優しく細められていた。


「何時に終わる」

「えっと…後少ししたら大丈夫、かと」

「待っていてもいいか」

「…は、はい」


心臓が大きく脈を打つ。
あんな冨岡さんの表情見たことない。

あの子も、蛇柱と居る時の雰囲気とまるで違う。

嫉妬と同時にあの子へ深い憎しみにも似た感情を覚えた。


(あの子は蛇柱と冨岡さんの二股を掛けてるくせに。破廉恥な子)


早く、冨岡さんが気付いて嫌われてしまえばいいのに。
でもそんな事を思ってしまった自分に少しだけ嫌気が差した。