「き、緊張します…」

「………」

「小芭内さん?」

「新鮮だな」


私は今隠の格好で小芭内さんと二人お館様の客間へ通された。
今日は具合が悪いのだろうか。あれから二年、呪いの進行も気に掛かっている。


「!」


静かに待っていた私は隠の顔布を外し、お館様が近づく気配に頭を下げた。
小芭内さんも同じ様に頭を垂れている。
襖が開かれ、お館様が顔を出した。


「小芭内、月陽。顔を上げて欲しい」

「は!」


あぁ、お館様の声だ。
私の名前を呼んでくれた。

たったそれだけの事で嬉しくなる。
きっと記憶は戻っていないのかもしれないけど、あまね様が説明してくれたんだろう。

穏やかに微笑んだお館様と目が合う。


「よく帰ってきてくれたね、月陽。安心していい、あまねから話は聞いたよ」

「いえ…帰還が遅くなり申し訳御座いません」

「いいんだ。この様な状態で帰ってきても酷だっただろう。狐面の鬼狩りを探して欲しいというお願いはもう既に取り消してある」

「…ありがとうございます」


とは言えきっと面をつけた私を見かけたら柱の方々は顔を確認しに来るのだろうけれど。
お館様のお心遣いだけで十分だ。


「それで、これから月陽はどうしていきたい?」

「…私はまだ隊に戻らず陽縁を探そうと思っています」

「それなら私達の方でも出来る限り協力をしよう。記憶が無くなろうとも、月陽は私の子どもだからね。いつでも頼ってくるといい」

「…はい」

「でも、必ず帰ってくると約束をして欲しい。月陽の帰る場所は此処だからね」

「っ、あり…が、とう…ございます」


わざわざ私の前にまで足を運んで下さったお館様に頭を撫でられ零れ落ちそうになる涙を必死で堪えた。
何処までも優しいお館様の言葉と行動が胸に染みる。


「小芭内」

「は」

「月陽をよく連れて帰ってきてくれたね。ありがとう」

「いえ、俺は…」

「小芭内が居たから、きっと月陽も私の元へ来てくれる決心がついたんじゃないかな」


涙ぐむ私の背中を撫でてくれながら小芭内さんにも声を掛ける。
煉獄様も、無一郎も、そして村田さんも私の心を支えてくれた。
でも、お館様の前へ来ようと決意したのは確かに小芭内さんが側についていてくれたお陰でもある。

お館様の言葉に同意するように必死で首を縦に振れば、小芭内さんは困ったように微笑んでくれた。


「俺ごときが力になれたのなら何よりです」

「俺ごときなんて言わないでくれ。小芭内も含め鬼殺隊の子ども達は私の誇りだよ」

「勿体無いお言葉、ありがとうございます」


お館様のその言葉に小芭内さんはとても嬉しそうにしていた。
その後お館様と小芭内さんは二人で話があると言っていたので、もう一度顔布を元に戻して陽のあたる縁側に正座をしながら一人懐かしい景色に目を細める。


「おや?」

「!」

「見掛けない顔ですね。新しい隠の方でしょうか」


突然蝶のように舞い降りた人物に私は目を見開いた。
まさかしのぶさんに会うなんて誰が予想できただろうか。

私は隠らしい動きをする為に顔を伏せながら膝をついた。


「蟲柱様」

「畏まらなくていいですよ。私はお館様に用事があるだけですので。ね?冨岡さん」

「……あぁ」


頭を下げる私に向かってしのぶさんが覗き込みながらそう言えば、もう一つ現れた気配に身を固めた。
しのぶさんに続いて義勇さんも来るなんて。

必死に同様を隠しながら顔を伏せる。
しのぶさんならまだしも、義勇さんに顔を見られたら絶対にバレてしまう。

じっとこちらを見る義勇さんに目を瞑ると、手が伸びてきた。


「…っ」

「何してるんですか冨岡さん。早く行きますよ」

「……分かった」


しのぶさんの呼び掛けに私の顔布へ伸ばした義勇さんの手が引っ込んだ。
もしかしてバレたんだろうかと二人の気配が無くなるまで顔を伏せ続ける。


「おい、どうした」

「お、小芭内さん…!」

「今胡蝶と冨岡と擦れ違ったが会ったようだな。バレてはいないか」

「はい、多分…」


お館様と話が終わったのか、先程義勇さん達が消えていった通路を振り返りため息をつく。
今日は蒼葉さんの元へ顔を出さなくちゃ流石にまずいと来る時に小芭内さんに説得されたので、近場で隠の装束を脱がなくてはならない。

まだお館様の元へ行ったばかりならこれから急いで着替えればバレずに済むかもしれない。


「行くぞ」

「はい」


小芭内さんも同じ考えだったようで、私の腕を掴みお館様の屋敷を後にする。

近くの藤の家にお邪魔して服を着替え、蒼葉さんの元で働く私の格好になった。
お世話になりましたと言って家を出ると、門の前に身体を預けながら私を待っていた伊黒さんに駆け寄る。


「すみません、お待たせしました」

「いい。行くぞ」

「はい!」


ここから蒼葉さんのお店までそう遠くはない。
少し先を歩く小芭内さんの後ろを歩きながら1週間以上振りに会う蒼葉さんを思い浮かべた。

絶対怒られると思う。
申し訳無い気持ちと怒られるかもしれないという思いからちょっとだけ歩く足が重たい。





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