※伊黒視点


「おかえりなさい、小芭内さーん!」

「…あぁ、ただいま」


あまね殿が家に来た日、月陽を置いていくのは気が引けたが仕事があった俺は渋々家を出てさっさと鬼を斬り帰ってきた。

俺の気持ちを汲み取ったのかは知らないが、夜だと言うのに屋敷から少し離れた帰り道まで月陽が迎えに来て手を振っている。
バレないよう少しだけ早歩きで近寄れば人懐こい笑顔で出迎えられた。


「お前、見回りに出ていたのか」

「あ、バレました?」

「面を持っているだろう」

「いででで体力回復の為に運動がてらですので許してください!」


面を隠した月陽の頬を高速で突いてやるとすぐに白状した。
ため息をつきながら突いていた指を止めてやり、家へ帰る道を再び歩く。

そう言えば、今までこうして誰かと共に屋敷へ帰った事など無かったな。
隣を見れば頬を抑えながら不満そうに唇を尖らせている月陽が真横を歩いている。

ここに居るべきは俺ではなく冨岡なのだろう。


「でも小芭内さんに見つけてもらって良かったです」

「…は?」

「ありがとうございます、小芭内さん」

「俺で良かった?」

「はい!」


嘘だろう。
本当は冨岡が良かったんじゃないのか。
心の中でがっかりしたのではないのか。

そう言ってやろうと月陽に顔を向ければ満面の笑みで俺を見ていた。


「だからね、小芭内さ」


本当に、本当に無意識だった。
布越しに月陽の柔らかい唇の感触がして、それを味わう様に何度も啄む。

水を飲ませた時は不可抗力だったし、下心なんてものは無かった。

唇を離し、月陽の瞳を見ると瞬きもせず俺を見ている。
当たり前だろうな。
兄のようだと慕ってくれていたのだから。


「……お前が悪い。俺は何度も我慢していたんだからな」

「え、え…あれ」

「簡単に俺で良かったなどと言うな」


そう言って固まる月陽を置いて歩き出す。
俺に告白する勇気なんて無ければ、付き合いたいなどと言える程自分が綺麗な存在ではない事くらい嫌だと言うほど理解しているんだ。

ただ、月陽や甘露寺と居ると二人が余りに綺麗過ぎて自分も少しくらいはマシになったのではないかと勘違いしてしまう。


俺にそんな資格はないと言うのに。
ましてや月陽には冨岡が居る。
こんな事をしても迷惑に決まっているんだ。

だがこれで俺を遠ざけてくれるのなら、それもいいのかもしれない。


「っ、小芭内さん!」

「ぐっ…!」

「あっ、ごめんなさい!」


思考していたものが全て吹っ飛ぶ勢いで背中に衝撃が走って思わず前のめりになってしまった。
俺の腹辺りに月陽の腕が周り包まれた背中が温かい。


「よく無理矢理唇を奪った男に抱きつけるな、お前は」

「う…でも、小芭内さんが寂しそうだったから」

「そんな事はない。明日お前がお館様に謁見したらいつも通りの日常に戻るだけだ」

「そう、じゃなくて」


月陽の優しさは残酷だ。
どうせ冨岡の元へ帰るというのに俺を捕まえて離してはくれない。

このまま冨岡の記憶が戻らなくても、俺や時透がどれ程こいつに手を伸ばしてもその手を取ることはないくせに。


「寂しそうだったから何だ。慰めてくれると言うのか?」

「私に出来ることなら!」

「なら抱かせろと言えば抱かせてくれるのか」

「そ、それは」


腰に回った月陽の腕を掴みながら振り向いて引き寄せれば顔をいちごの様に真っ赤に染めて俺を見つめる。

目をそらさずまっすぐ見てくれるこの目が好きだった。
きっとこの包帯の下を曝け出したとして月陽ならば全て包み込んでくれると根拠のない自信が膨らむに連れて心惹かれてしまった。

こんな物俺の妄想でしかない。
それに、自分の好意に気づいた頃には冨岡と気持ちを通じ合わせていた。

月陽が笑うならばそれでいいと、さっさと幸せになればいいと今だって思っている。


「不用意に男に触れるな。お前のその愚直なまでに綺麗な心は毒にもなる」

「小芭内さん」

「答えられぬならば、突き放す事も優しさだということを知れ」

「…ごめんなさい」


今にも泣きそうな月陽の頬を撫で手を握る。
仲間に自分を忘れられた悲しみに堪えながらそれでも俺達を思いやり、自分の意志を曲げぬと必死に足掻いてきた月陽の気持ちを突き放す事は出来ない。

それでも分かっていて欲しかった。
ただ優しくすることだけが、優しさという訳では無い事を。

きっと心当たりがあるんだろう。
手を握って歩き出した俺について来ながら俯いている。

想いに溺れ、鬼となりながらも自分を求めた元隊士の事でも思い返しているのかもしれない。

俺達は結局何も話すことなく家にたどり着いた。






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