「月陽」

「んん…」

「起きるんだ、月陽」


誰かに呼ばれているような気がする。
けれど何故だろう、凄く身体が重くてなかなか起きられない。

熱い。
水が飲みたい。
でも瞼が開かないし、身体も動かない。


「…熱があるのか」


どこか聞き覚えのある声が私の身体を抱き起こす。
誰だっけ、この声。

息を荒げた私が腕を伸ばせば、冷たい手が掴んでくれる。

気持ちがいいけれど、喉が乾いて仕方がない。
漸く開いた視界はぼやけて焦点が定まらないけど、必死に口を開いて喉が渇いたことを告げる。


「み、ず…」

「少し待て」


目の前の人が私の口へ水を注いでくれるけど、上手く飲み込めずにぼたぼたと端から溢れてしまう。
折角水を寄こしてくれたのに申し訳ないと思いながら僅かに口の中に残った水を飲み込む。


「しっかり飲め」

「っご、め…なさ」

「……仕方がない。もし記憶があったとしても文句を言うなよ」


頭が痛すぎて、声が震えてしまう。
私を抱き起こした人が小さく舌打ちをすると、柔らかい感触が口に当たって水が流れ込んでくる。

それを何度か繰り返した私はもう一度目を閉じた。


「俺の屋敷に一番早く着く道を案内してくれ」

「了解、了解!」

「月陽、もう暫く耐えろ」


話し掛けてくれるその人は冷たい言い方をしているのに、どこか優しさを含んだその声はとても心地良くてゆっくり頷いた。
昨日泣いていた無一郎を置いてきてしまったから罰が当たったのだろうか。

本当はあんな事したくはなかった。

でも、陽縁との決着が付かないと私は…
ごめんね。ごめんね、無一郎。


「むいち、ろ」

「…時透がどうかしたか」

「ごめ、ね…泣かせて、ごめんね」


熱にうかされてなのか、私の瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。
寂しい思いをさせないようにとあの時決意したのに。

記憶が戻ったかもしれない無一郎が私を呼んでいた事も気付いていたのに。
忘れられる事を恐れて逃げてしまった私はなんて酷い奴なんだ。


「っ、う…」

「泣くな。お前に泣かれるとどうしていいか分からん」

「ぎゆ…さ、ん」


会いたい。
みんなに会いたい。
大好きな鬼殺隊の皆に、珠世さんや愈史郎君、蒼葉さんに会いたい。


「ひ、っ…ふぇ…」

「……少し休め。安心しろ、冨岡ではないが俺が居る」

「ん…、」

「無茶をし過ぎなんだ、お前は」


優しく私の頭を撫でてくれるのは誰?
義勇さんではないと言ったけど、私を名前で呼んでくれる人は今限られている。


「…だ、れ?」

「そんな事は後でいい。今は少し眠れ」

「っ…ご、め…なさ」

「いい子だ」


そっと目に手を置かれた私はその温もりに目を閉じた。
優しい声、ひんやりした手のひら。

私はきっと知っている。
この優しい人を。


「月陽、謝るのはこちらの方だ」


そんな事ない、そう言いたかったのに私の口が動く事はなく微睡みに身を任せた。


「……お前を忘れる事などありえぬというのにな」


悲しそうな声が聞こえた。
そんな声を聞きながら私は夢を見る。


「………!」

「…………」

「……!……」


言い争う声が聞こえる。
何を言っているのか分からないけれど、あれは柱の方々と義勇さんだ。

どうして喧嘩しているの?
義勇さん、どうしたの?

そう思って手を伸ばしても所詮夢は夢。

私の存在は気付かれることなく、揉めている伊黒さんと義勇さんの声が段々と鮮明に聞こえてくる。


「どうして月陽が居ない!お前というものがありながら!」

「や、やめましょう伊黒さん!」

「俺だって探している」

「あいつを守ってやれるのは貴様だけだったと言うのに…どうしてそうも落ち着いていられる!」


これは、私が姿を消した後の義勇さん達なんだとすぐ分かった。
いつものようにネチネチと文句を言う小芭内さんは居らず、間に入って止めようとする蜜璃さんすら押し退けて怒鳴っている。

やめて、違うの。義勇さんは何も悪くないの。


「そうだ…月陽を返してよ」

「おい、時透。冨岡だって必死に探してんだ、そんな事言ったって仕方ねぇだろ」

「落ち着きましょう皆さん。こんな事していても月陽は見つかりませんよ」


小芭内さんに続き義勇さんを睨みつける無一郎に胸が痛む。
ねぇ、気づいて。私に気付いて。
私が全て悪いの。

私が、全部…


『そうだヨ。アンタがぜーんぶ、悪いの』


突然時が止まった世界に、陽縁の声が響く。
振り向いて探しても陽縁は居ない。


『アンタに関わらなければ、冨岡って人もこんな風にやつれたり皆に責められる事なんか無かったのにネ』


止まった世界の義勇さんの顔を見るといつもの切れ長な瞳の下には隈のようなものが出来ている。
無一郎と蜜璃さんの瞳には薄っすらと涙の様な膜が張られている。

私の、私のせい。
私さえ居なければ、生きていなければ。

夢の中だと分かっているのに、もしかしたら陽縁が見せている悪夢なのかもしれないのに息が出来なくなる。

わたしが、
  
ワタシガ、居ナケレバ


「生きていてくれて、良かった」


私の思考と陽縁の言葉をかき消すように義勇さんの声が聞こえた。
上弦の壱と出会した後、そう言って私を抱き締めてくれた義勇さんが震えていた事を思い出す。

すると静止した世界が崩壊して一気に意識が浮上していく感覚に身を任せた。





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