「蒼葉さん、私変じゃないでしょうか!」

「大丈夫、可愛いよ」


私は朝から騒いでいた。
今日は前に誘われていた義勇さんとお出掛けする日。

全身鏡の前に立ち、昨日届いたばかりの着物を着て変なところがないか蒼葉さんに確認してもらっている。


「安心して行っておいで!今日は店も休みだし、たまにはゆっくり甘やかされてきたらいい」

「蒼葉さーん!」

「大丈夫、あんたは強くて可愛い子だ。冨岡さんも月陽が可愛くて仕方ないんだね」

「…そういう事言われると逆に緊張します」


蒼葉さんの言葉が嬉しくて抱き着くと私の頭を撫でながら優しく微笑んでくれる。
私をまるで子どものように可愛がってくれる蒼葉さんは本当に母親のようで一緒に居るととても安心した。

さぁ、と私の肩を押した蒼葉さんは家の入り口を見ながらいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「お迎えが来たよ。帰りは何時でも明日でもいいからね!」

「ちょ、やめてください!夜には帰りますからね!」

「いいんだよ、土産話さえしてくれりゃあどんな時間になっても」

「揶揄わないでくださいよ、もう…」


あの真面目な義勇さんが記憶もないのに私を夜まで連れ回すはずが無い。
それでもこうしてまた出掛けられる日が来るなんて、そう思ったら喜びでつい頬が緩んでしまう。


「蒼葉殿、すまない。月陽を借りて行く」

「いいんだよ!この子は働き者だからたくさん息抜きさせてやっておくれ!」

「…勿論だ」

「冨岡さん、今日はよろしくお願いします」


戸を開けると少し距離の空いた所で待っていた義勇さんが蒼葉さんに挨拶をしているのを見ながら私も頭を下げる。


「あぁ」

「明日までには帰ってきてくれたらそれでいいからね!」

「!?」

「ちょっとぉぉ!蒼葉さん!!」


結局義勇さんを含めて揶揄った蒼葉さんに見送られ私達は家を出た。
ほんの少し前を歩く義勇さんの背中を見ながら歩くと懐かしい気持ちになって目を細める。

どこに行くにもこうして歩いていた。
たまに横を歩いていたけれど、義勇さんの後ろ姿を見て歩くのはとても好きだった。


「どこか行きたい所はあるか」

「あ、いえ。冨岡さんとなら、どこに行っても楽しいですから」

「……そうか」


あれ、回答間違っただろうか。
顔だけをこちらに向けてくれた義勇さんがすぐに前を向いてしまった。

本音ではあったけど、もっとちゃんとした場所を言えばよかったかななんて思っていれば義勇さんの耳が赤くなっているのが見えてこっそり目を抑える。
照れてたのか…。


「特に行く所がないのなら、何も無いが家に来るか」

「え!?」

「嫌なら甘味処でも、食事処でもいい。月陽とゆっくり出来る空間があれば」


義勇さんの家の方向に向かう道と、また別の道に行く分かれ道で止まって私に振り返る。
つい驚いてしまったけれど、義勇さんと一緒に居られるのなら何だっていい。

私の返事を待っている義勇さんに近付き、手を握った。


「冨岡さんのお家でいいです。でも、良かったらお食事くらい作らせてもらえませんか?」

「…なら町に寄ってから家に行こう」

「はい」


手を握り返してくれた義勇さんは、ゆっくりとした足取りで町へ向かう道を歩く。
伝わってくる体温にとても安心する。


「そう言えば最近団子作りが上手くなってきたんですよ」

「そうか」

「大福も挑戦し始めたんですけどね」


買い物しながらここ最近の出来事を話して義勇さんのお家へ向かう。
たまにしか返事は返ってこないけど、握られたままの手が嬉しくて気にならない。

元より義勇さんは何だかんだと聞いてくれているのも知っているから。


「月陽」

「はい?」

「…つまらなくはないか」


上機嫌で義勇さんと歩いていた私に不安そうな声が耳に届いた。
どうして私がつまらないなんて思うんだろう。
こんなに幸せだと言うのに。


「楽しいですよ」

「俺は、気の利いた事など言えない」

「知ってます」

「!」


そんなの知ってる。
義勇さんが口下手なのも、色々考えすぎて返事が遅いのも…とても優しい人なのも全部知ってる。

そんな貴方が私は大好きなのだから。


「それでも私は冨岡さんとご一緒出来る時間、とても楽しいですよ」

「……そうか」

「はい!」


そう言えば、義勇さんはちょっとだけ笑ってくれた気がした。
そして少し歩けば懐かしい義勇さんのお屋敷が見える。

前と余り変わった様子のない景色に懐かしくて涙が出そうになった。
私と義勇さんが少しの間だけど一緒に過ごした場所。


勝手知ったる場所ではあるけれど、義勇さんに記憶は無いから知らないふりをしなくてはと緩んだ涙腺を引き締めた。





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