「月の呼吸、参ノ型 皐月!」


夜、かー君に情報を貰っていた私は一人で鬼を退治していた。
元々派遣されていた隊士は血鬼術によって閉じ込められていたらしく、頸を刎ねたことによって奥に捕まっていた人達が私の元へやってくる。


「ありがとうございます!」

「貴女が狐の君ですね!」


極力話さないように心掛けた私は一つ頷いてその場を後にしようとすると、腕を掴まれた。
そこには捕らえられていた小さな子が私を大きな瞳で見つめている。

どうかしたのだろうかとしゃがんで視線を合わせると、柔らかそうな頬を持ち上げて笑ってくれた。


「ありがとう、狐様。私、食べられちゃうかと思ってとても怖かったの」


笑っていたはずのその子の瞳から大粒の涙が零れ落ちたのを見てそっと抱き寄せた。
見た感じきっとこの場に親は居ないのだろう。

落ち着かせるように背中を撫でるとやがて洞窟に響き渡るような声を上げて泣いた。
安心したら緊張の糸が切れたのかもしれない。

泣かずに耐えてきたのだろう、この子はとても強い子だ。


「そう泣くな。狐の君が困るだろう?」

「おにいちゃん…ぐすっ…」

「おいで、俺が送って行くから」


聞き覚えのある声に振り向くと、目の前に柔らかく女の子へ笑い掛ける村田さんが居た。
相変わらずのさらさら髪に、優しい声。

懐かしさに面の中で目を細めると、村田さんが私を見て涙目になりながら笑い掛けてくる。
どうしてそんなに泣きそうなんだろう。
村田さんに抱っこされた女の子は既に涙を止めて甘えるように顔をすり寄せている。


「?」

「元気そうで良かった」

「……え」

「君が居なくなってからずっと探してたんだ。冨岡と同じ面を被った強い鬼狩りが居ると聞いてまさかとは思っていたけど、月の呼吸って聞いて確信したよ」


私の簪に触れ、心から嬉しそうに笑ってくれた村田さんに目を見開く。
最初から記憶を無くしていないかのような言い方だ。


「私を知っているのですか」

「ずっと覚えてるよ。上弦の壱に出会った時以来だよな」

「そんな…どうして」


村田さんは間違いなく私を覚えていた。
一人とは言え陽縁の血鬼術から逃れたなんてとても信じ難いけれど、確実に私を認識している。


「事情があって顔を隠してるんだろ。大丈夫、俺は何も言わないからさ」

「…すみません」

「気にするな!俺で良かったらいつでも力になるからさ…君より強くはないけど。はは」

「いいえ、覚えていてくれただけで私の力になります。嬉しい」


どんな理由であれ、どんな人であれ私を私として覚えていてくれている事実だけでとても有り難い。
きっと村田さんは優しい人だからずっと私を探してくれていたのだろう。
誰にも言わずにそっと。


「この子達は俺が責任を持って街へ送るから安心していいよ。君が鬼を斬ってくれたお陰だ」

「いえ。その子も随分と村田さんに懐いているようですから。よろしくお願いします」

「…また、会えるよな?」

「勿論です」


村田さんへ力強く頷くと満面の笑みを見せながら、女の子を抱いて囚われていた人達の元へ歩いて行った。

私も蒼葉さんに心配かけないように早く帰らなくては。


「かー君、帰ろうか」

「直帰スルノカ?」

「うん。今日は気分がいいの。まだまだ走れそう」

「了解」


かー君を呼べば帰るための近道を教えてくれる。
私の前をゆっくり飛ぶその姿を追い掛けつつ外してしまおうと面に手を掛けた瞬間、何者かの気配に気付いて立ち止まった。


「…見つけたぞ、狐」


姿を現したその人に驚き一歩下がる。
まさか煉獄様といいこの人まで待ち伏せしているとは。


「いい加減顔を見せたらどうだ」

「……」


ゆっくりと迫る人影は月明かりに照らされ顔が浮かび上がる。
やっぱり小芭内さんだ。

刀を抜いた小芭内さんは私に切っ先を向けて厳しい目を向けている。
敵ではないと言うのにどうしてそんなに睨むんだろうかとため息をつく。


「おい聞いているのか。何ため息をついている」

「…小芭内さんの馬鹿」

「なっ!」


つい本音を洩らしてしまうと、小芭内さんからすれば初めて会うくせに自分を馬鹿扱いしているのだ、驚くに決まっているのだろうけど。

私の中で小芭内さんは小芭内さんだから、関係ない。
なんて心の中で言い訳してみる。


「何故俺の名前を知っている」

「知ってますよ、小芭内さんの事」

「…どういう事だ」  

「小芭内さんのお屋敷にも遊びに行った仲ですからね、ふふ」


何だか揶揄うのが楽しくなってきた頃、切っ先を向けていた小芭内さんが眉を寄せ始めた。
そろそろマズイかな、なんて思いながらゆっくり身体を引いて枝に飛び乗る。

後は唖然とさせるような事を言えば少しは足止めできるはず。


「酷いわ!あんな事やこんな事しておいて覚えていないなんて!」

「!?」

「うわーん」


最後少し棒読みになってしまったけれど、小芭内さんの隙を作るには十分な発言だったようだ。
後は全速力でこの場から逃げるだけ。

幸い出遅れてしまった小芭内さんが追いつく事はなく、少し遠回りしたけれど蒼葉さんのお店に着くことが出来た。





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