煉獄様の剣圧で仮面の紐が切れて私の顔が晒される。
待ってほしい、顔がバレるの早くないか。
そう思ってもすでに遅い。
私の腕は煉獄様に掴まれ面を拾いたくても拾えない。
「むっ!女子だったか!」
「…っ」
「しかし狐どんと聞いていたから男かと思ったのだが…」
相変わらずハキハキと大きな声でお話する煉獄様に反するように私は黙ったままを貫く。
ここで私が鬼殺隊に連れて行かれたら陽縁が何するか分からない。
どうしたらこの人から逃れられるかと考えながらも煉獄様から視線を外すことなく考える。
「君が隊士を助けてくれていたのは聞いている!日輪刀も持っているようだし、悪いようにはしない。さぁ…」
「っ!」
少しだけ緩められた握力の隙をついて、思いっ切り見を捩り煉獄様から距離を取って逃げようと背を向ける。
炎柱たる彼から果たして逃げ切れるのだろうかと思いながら落ちた面を拾い上げ利き足を強く踏み込んだ。
「すまない。君を見つけ次第連れてくるようお達しが出ているんだ」
「なっ…」
「ふむ。実力も相当なようだな!この様な逸材が鬼殺隊では無いとはよもやよもやだ!」
「れ、煉獄様…」
重心を前に傾けた私の背に乗った煉獄様に押し倒され、思わず口を開いてしまった。
まずいと思い咄嗟に口を塞ぐも私の声は耳に届いていたらしく元々大きな瞳を更に丸くして煉獄様が動きを止める。
「…月陽、か」
「………え?」
ポツリと呟くように出た名前に今度は私が目を見開く番だった。
今煉獄様は私の名を呼んだ?
「君は月陽だな?」
「な…何で私の名を」
「月柱で、冨岡の恋人だろう。なぜ俺は、君を忘れていた」
「……煉獄様、記憶が」
いつものような元気な声は息を潜め、一つ一つ思い起こす様に呟く煉獄様に声を掛けるとゆっくりと上から退いてくれた。
「本当に、私の事が分かるのですか…?」
「分かる、分かるとも。君は狐どん何かではない。永恋月陽と言う、鬼殺隊の隊士だ」
「…れん、ごく様」
私の乱れてしまった髪を避けながら、義勇さんに貰った簪を撫でてくれる。
まさかこんな形で記憶が戻るなんて、そう思ったら気が抜けて全身から力を抜き起き上がった。
「月陽、すまないがどういう事なのか説明してはくれないだろうか」
「…はい」
思い出してくれたと言うのなら今までの事を話さなくてはいけない。
私は今まであった事、そして鬼殺隊の人達に起きた事を正直に話した。
話してる最中、何故か正座で聞いてくれたので釣られて私も同じく正座でお話する。
「陽縁と言う鬼が俺達の記憶を奪ったとは…ふむ、してやられたようだ!恥ずかしい事この上ない!」
「今の所私を思い出してくれたのは煉獄様ただ一人です」
「なら俺が説明しよう!そうすれば君も冨岡の側に」
「私は、鬼殺隊へ戻りません」
「何故だ?俺が言えば皆信じてくれるはずだ」
「陽縁が次何をするか分からない以上、私は戻れません。また記憶から消えてしまうなんて、もう耐えられない…」
自然と膝の上に乗せた手に力が篭もる。
本当は煉獄様の言うとおり鬼殺隊へ戻りたいし、義勇さんの側に居たい。
前の様に戻れなくとも。
でも陽縁との決着が付かない内に戻るわけには行かない。
こうして皆を巻き込んでしまっているのだから。
「…君が言いたい事は分かった。だがこれだけは聞いてほしい」
「何ですか?」
「冨岡は、君の記憶が無くなろうとも、ずっと探している。那田蜘蛛山で残した羽織は冨岡が持っていると胡蝶から聞いた」
その言葉を聞いて私はぐ、と唇を噛んで今すぐに吐き出したい想いを耐えた。
那田蜘蛛山で私に手を差し伸べ、蒼葉さんのお店でも私達を助けてくれた義勇さんが、記憶が無くても私を探してくれているのだという事実だけで十分なんだ。
それで私はこれからも頑張っていける。
「…小芭内さん達は元気ですか?」
「無論元気にやっているとも。だが伊黒も記憶が無くなる前に君を必死に探していた。甘露寺や胡蝶、そして時透も他の柱も」
「私は、幸せ者です。それだけで、力になります」
煉獄様は瞬きもせず私を見つめている。
きっと心の内なんてバレているのだろう。
それでも黙っていてくれるのは煉獄様なりの優しさなのだと思う。
「君の事は誰にも言わないと誓おう。無論狐どんの正体も俺は見なかった」
「…あの、一つよろしいですか」
「む?なんだ!」
「その狐どんって本当にそう呼ばれてるんです?」
最後に気になっている事を一つだけ聞いた。
狐どんって何だかとても複雑な気持ちになる。
煉獄様は考える様に唸りながら顎をさすった。
「うむ!きっと間違いない!」
ドーンと効果音がつきそうな程の自信満々な顔に私はちょっとだけ笑顔が引きつってしまった。
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