※冨岡視点
竈門兄妹をお館様の前へ連れて行き、柱合会議を終わらせた俺はあの日那田蜘蛛山で見た狐面を探していた。
「…鱗滝さんに手紙でも書くか」
あの面はどう考えても俺の物と揃いのものだった。
少し違う所と言えば右耳の辺りに三日月が書かれているくらいで、他はすべて俺と同じ。
那田蜘蛛山に居た隊士の中で、あの狐面と遭遇した者は何人か居た。
二本の日輪刀を持ち、下弦の鬼の血鬼術すら斬れるとなればそれなりの実力があるはず。
しかしお館様に訪ねてみたがそんな者は隊員名簿に乗っていないし、記憶に無いと言った。
狐面を思い浮かべ自分の胸に手を当てると何故か心拍が少し早くなる。
「お前は、誰なんだ」
誰も居ない街道で晴天の空を見上げて呟く。
普段ならここまで誰かを気にする事なんて無かったはず。
しかしあの狐面だけはどうしても引っ掛かる。
「冨岡さん、独り言なんて余程寂しいのですね」
「…胡蝶」
「狐の君がそんなに気になりますか?」
音も無く俺の後ろに舞い降りた胡蝶へ顔だけで振り向くと、薄く笑みを貼り付けたまま首を傾げている。
狐面は狐の君と呼ばれているのかなどと考えながら胡蝶の話に耳を傾けた。
「私の屋敷に狐の君とやらに助けて貰った隊士が入院してまして、羽織をくれたと報告がありました」
「その羽織はどこにある」
「まぁまぁ焦らず聞いてくださいよ」
急かす俺に胡蝶は相変わらず食えない顔をしながら言葉を続ける。
「彼女、女性隊士だけではなく他の隊士を助ける為にそこら一帯の繭を斬ってくれたそうなんです」
「……」
「とても優しい声色の持ち主と聞きました。もしかして女性でしょうか」
人差し指を唇に当て宙を見上げた胡蝶は首を傾げる。
その顔はさっきみたいに演技がかったものではない。
あれから散々思い起こした狐面を思い出すと、髪型や声は確かに女らしかった。篭っていたから断定は出来ないが。
それと同時にふとあの狐面が呟くように俺の名を呼んだ事を思い出す。
―――義勇さん。
間違うはずも無く、あれは俺の名を呼んだしどこか心がほっとするような感覚になったのを覚えている。
「…あら?あらあら?」
「…………なんだ」
「もしかして冨岡さん、狐の君が気になってるんですか?」
ニヤっと楽しそうに心からあくどい笑みを浮かべた胡蝶に嫌な予感がして目を逸らす。
しかし気になっているのは確かだ。
俺はひと呼吸置いて頷いてみせると、胡蝶は驚いた顔をして口に手を当てた。
今日の胡蝶はよく表情が変わる。
「冨岡さんに春!怖い!」
「俺は怖くない」
「でも春は否定しないんですね?」
春とは何だ。
今の時期別に春というわけではないはずだ。
季節を忘れる程に胡蝶が驚いたということなのだろうか。
そんな事を考えていると目の前に出た胡蝶が俺の顔を覗き込んでいた。
今日はやけに絡まれる。
「狐の君の羽織、取りに来ますか?」
「……拝見したい」
「ちょっと気持ち悪いですがいいでしょう。冨岡さんの春に免じて許してあげます」
「俺は気持ち悪くない」
何故特定の為に羽織を見たいと言った俺が気持ち悪い扱いをされなくてはならない。
しかしここで胡蝶の期限を損なえば狐面の手掛かりとなる羽織を見せてもらえなくなるような気がしたから、俺は黙って歩幅の小さい背中を追った。
ここから蝶屋敷までそう遠くない。
「あーあ、私も見てみたかったなぁ。狐の君」
「胡蝶も興味が湧いたのか」
「そりゃそうです。だって下弦の鬼でさえ防ぐお人ですよ?鬼殺隊に入っていたら間違いなく戦力になるでしょうし。それに狐の君は珍しい呼吸を使うんでしたよね」
それは俺も頷ける。
下弦の鬼に腰が引けることも無く、立ち向かい聞いたこともないような呼吸を使っていた。
月の呼吸、そう言っていたのを覚えている。
「年齢はどれくらいだったんですか?」
「しらん」
「声の感じとかで想像できませんか?あ、冨岡さんじゃ出来ませんよね」
話せば話すほど胡蝶はどんどん言葉の節々から棘を感じさせてくる。
流石の俺でも気付く。
「女性隊士が言うには20歳前後だと思うと言っていましたから、私達と年が近いかも知れません」
「……俺の同郷にあの様な面を付けた者は居ない」
「うーん、そうですか。なら誰なのでしょう。呼吸が珍しいとなれば所属する所も限られるでしょうけど、生憎私や他の柱の面々も月の呼吸を扱う人は誰一人知りませんから」
月の呼吸。
初めて見たが美しく綺麗な太刀筋だった。
斬り合わないよう俺の方で合わせたが、どこか懐かしい気がする。
「……わからないな」
「そんなの知ってますよ。だから見つけられないんじゃないですか」
胡蝶は俺の独り言にしっかり反応すると、話の続きだと思ったのか的はずれな返しをして来た。
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