休日、たまには二人で出掛けようと珍しく義勇さんから誘われて私は久し振りに私服へ袖を通した。
部屋で一人そわそわしながら化粧をしたり髪の毛を整えてみたりしている。
義勇さんは出掛ける前に用事があると言って朝早くに家を出て行った。
だから、お出掛けは待ち合わせと言う事になったのだけど。
「な、何でこんなに緊張するんだろう」
二人で出掛ける事なんて何年か前から当たり前のようにしていたのに、待ち合わせなんて蒼葉さんの所に居た以来だからか緊張してしまう。
私が起きる前に音も無く出て行ってしまったから義勇さんには今日一度も会えていない。
でも隊服は掛けてあるからきっと私服なのだろうけど。
「お付き合いしたての恋仲みたい」
ドス、と鈍い音を立てて枕に手をめり込ませ何とかこの緊張を解けないか試してみたけど全然駄目だ。
ここ最近柱稽古や善逸と一緒に鍛錬していたから休日は皆無だったのだけど、たまには休めと悲鳴嶼さんからお許し頂いての今日。
「あーっっ!!!!」
最近どうしてか、義勇さんが好きで恋しくてたまらない気持ちが爆発気味に高まっているから余計にドキドキして仕方が無い。
蜜璃さんはこんな気持ちをいつも抱いていたのだと思うと心臓が強いななんて安易な感想を持つ。
「…そろそろ、行かなきゃ」
どんなに気を紛らわそうとしても時間は経つばかり。
紅を引いて、整えた髪に少し色が霞んだ簪を挿す。
最後に全身鏡で自分の服装や化粧を見直して玄関へ向かい靴を履いた。
女性らしい格好はとても久し振りで、しかもお化粧してなんてまるでただの町娘の様な錯覚さえしてくる。
傍から見たら私が鬼殺隊である事なんてわからないだろう。
むず痒い気持ちを抑えながら一歩一歩義勇さんとの待ち合わせ場所に向かうと、指定された一本松の下には誰も居ない。
「…まだ、来てないんだ」
心を落ち着かせる時間がまだあるのだと胸を撫で下ろしながら松の下に佇む。
さわさわと爽やかないが吹いて段々と気持ちも落ち着きそうだと目を閉じた瞬間、手に温もりが触れた。
「義勇さん…!」
「あぁ」
いつの間に隣りに居たのか、そこには私に向かって穏やかな瞳を向ける義勇さんが居た。
勿論自分の手に絡む温もりも彼で、折角落ち着きそうだった心臓がまた騒がしくなってしまう。
「反対側に居た」
「そっ…そうだったんですね!私ったら、本当に柱しっ」
「今日は、月陽だ」
「え?」
「俺の、妻としての月陽で居て欲しい」
一拍置いて私は義勇さんの言葉の意味を理解した。
鬼殺隊月柱として、義勇さんの妻として結婚してから活動をしてきたけど今日は、今日だけは妻としてだけの私で居ていいと言ってくれてるんだ。
「分かりました」
「あぁ」
「それで、どこに行きますか?」
「……決めてある」
「えっ!」
いつも適当にその場で決めてきたのに義勇さんは決めてあると今言った。
余りの驚きに思わず素直に声を上げてしまうと、バツが悪そうに手を繋いだまま顔を背けられてしまう。
「今日一日、俺に付き合ってくれ」
「も、勿論です!」
「すまない」
「いいえ、私凄く嬉しいです」
「そうか」
薄く笑ってくれた義勇さんが、今日は私のただの夫として行動しようとしてくれる事がどれだけ嬉しいことか。
きっと全部が全部は伝わらないだろう私のこの気持ちを少しでも分かってほしくて、絡んだ指にちょっとだけ力を込めた。
「義勇さん、大好き」
「……俺は愛してる」
「うぅ、もうやめて!私だって愛してます!でも今ちょっと泣きそうなのでそれ以上はやめておいてください!」
「なんの事だ」
やっぱり分かってくれていない。
でも、泣きそうだと言った私に戸惑いがちに手を伸ばす義勇さんが凄く愛しくて何でもいいかなと思えてくる。
私は今日、ただの女の子として義勇さんと逢瀬を楽しもう。
口付けたい気持ちを、紅が落ちるからと我慢して頬に添えられたもう片方の手に擦り寄った。
「嬉しくて泣いちゃいそうって事です。でも、お化粧落としたくないから我慢してるの」
「そうか」
「そうです!」
「普段も愛らしいが、今の月陽も愛らしい」
繋いだ手を引かれ、義勇さんに引き寄せられると優しい力で抱き締められた。
こんな風に女を悶絶死させてしまうような台詞を教えたのは誰なのだろうか。
一瞬宇髄様が頭を過ぎったけれど、義勇さんは天然たらしの素質がお有りなのでどちらかと言えば後者かもしれない。
「序盤から私の心臓が持ちそうにありません…」
「!?」
「鈍すぎるけどそんな所も好き!!」
ただ形容し難いこの気持ちを大袈裟に例えただけなのにあわあわする義勇さんが愛しくて仕方が無い。
大丈夫だから行きましょうと伝えたら、まだあの例えを気にしているのか私を気遣いながら歩き出してくれた。
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