「所で、お前は何か聞きたいことがあったのではないか?」


沈黙してしまった私に、鱗滝様が問い掛ける。
そうだ、思わぬ情報に驚いてしまっていたけれど私は別件で用事があって来たのだ。


「あの、私炭治郎達と錆兎君達に会ったのです」

「…何故、錆兎を」

「陽縁に襲撃された私は約2年間眠り続けていました。そんな私をこうして目覚めさせてくれたのが、錆兎君や真菰ちゃん達だったのです」

「炭治郎に続き、お前も…あの子達を」


僅かに声が震えた鱗滝様から、あの子達に注ぐ愛情が伺い知れた。
自分より若くして亡くなった、優しい子供達。


「炭治郎と義勇さんが縁を繋いでくれたのです」

「そうか…」

「義勇さんの手紙を読んで、鱗滝様が笑っていたと喜んでいました」

「………儂は」

「愛し愛されていらっしゃったんですね」


何かを言おうとした鱗滝様の言葉を遮り、思った事を告げた。
鱗滝様の話をした時の錆兎君や真菰ちゃんは、本当に嬉しそうだった。思い出してつい私も笑顔になると、静かに嗚咽が聞こえる。


「お願いが、あります。どうか私に今の鬼殺隊の状態を教えて下さいませんか。今私は鬼殺隊へ戻るつもりはありません。しかし、眠り続けていた2年間を知る必要があります」


どうかお願いします、と両手をついて頭を下げた。

鱗滝様は教えてくれた。
前と変わらず柱は皆存命である事、お館様の呪いが進んでしまった事。
今の鬼殺隊の情報を出来うる限り私に話してくれた。


「…儂が知り得る情報は以上だ」

「ありがとうございます」

「義勇は、前の様に戻ってしまった。少しでも距離を縮めた筈の柱同士でさえ、元にな」

「………っ」

「儂からも頼む。義勇の記憶を取り戻してやってくれ」

「それは、勿論です!」


頭を下げた鱗滝様の肩を押しながら一番大きな声を出した。
どんな理由があれ、陽縁のやった事は許せない。


「私が、必ず」

「…お前はこれから一人でどうする」

「鬼を狩りながら陽縁の事を調べます。それまでは何処かを拠点にして昼間働こうと思って」

「そうか。ならばたまに此処へ顔を出すといい」

「…ありがとうございます」


近寄った私の頭を撫でてくれる鱗滝様に微笑むと、面の向こうで笑い返したくれた気がした。


『カァーー!!』

「「!」」

『月陽、月陽』


和やかな雰囲気の中、鎹鴉の声が響いて振り返ると片目のない鴉が一羽私の名前を呼んでいる。
もしかして、そう思って腕を上げるとそこへゆっくりと近寄ってきた鴉に目を見開いた。


「カーくんなの?」

『ソウダ』

「……っ、覚えててくれたんだね」

『月陽ノ代ワリ、義勇見守ッテタ』


暖かな羽根の感触を確かめるよう顔を寄せると2年前にはしてくれなかったような頭を擦り寄せる仕草をして答えてくれる。
私の代わりに見守ってくれていたんだ、義勇さんを。


「ありがとう、ありがとうね」

『月陽、目ガ覚メタ、分カッタ』

「心配かけてごめんね」

「…優秀な相棒じゃないか」


どうやって私の居場所を知ったのかは知らないけれど、確かにカー君は見つけ出してくれた。
そして私に寄り添ってくれた。
見つからない間、私の代わりに義勇さんへ寄り添ってくれていたんだ。

そう思うと涙がひと粒零れてカー君の羽根を濡らす。


『義勇、世話シテクレタ』

「…そう。相変わらず優しい人だね」

『月陽、居ナイ、記憶無クテモ寂シソウダッタ』


カー君は広げた羽で私の頬をちょん、と触って首を傾げた。
記憶が無くなったことを知ってても尚、私の存在を探してくれてたと期待してもいいのだろうか。

胸が締め付けられるような喜びに唇を噛んで気を紛らわす。


『月陽』

「ん…?」

『那田蜘蛛山ヘ迎エ』

「那田蜘蛛山がどうかしたの?」


鱗滝様がチラとカー君へ視線をやると、手に持っていた面を私へ差し出した。


「これ、は?」

「顔をこれで隠すといい。一人で行動するにあたって見せないほうがいい時もあるだろう」

「…ありがとうございます」


いつの間に色を塗っていたのか、出来上がった面を受け取って胸へと押し当てる。
鱗滝様の気持ちが伝わってくるようでとても嬉しい。


『月陽、早クシロ』

「あ…うん」

「気を付けて行くんだぞ」

「はい。行ってきます!」


靴を履き、鱗滝様へ向かって大きく手を振ると小さく頷いてくれた。
カー君が何故那田蜘蛛山へ誘うのかは分からないけれど、私が鬼殺隊に入った頃からとても優秀な子だからきっと何かあるのだろう。

鱗滝様の家を出た私はカー君の後を追って全速力で走った。





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