誰かが私を呼んだ。
仰向けに倒れていた私は目を開け辺りを見渡して声の主を探す。
「君が月陽さんか」
丸い石の上に狐の面を被った少年が私を見下ろすと、そこから軽やかに飛び降り目の前まで歩いてくる。
宍戸色の髪がとても綺麗な少年は面を取ると、右頬に大きな傷跡があった。
「あなたは?」
「俺は…」
「あ、錆兎!この人が月陽さん?」
「真菰」
上半身を起こした私に近寄り手を差し伸べた錆兎と呼ばれた少年は、真菰という少女に呆れた視線を投げ掛ける。
とりあえず出されたままの手を取って立ち上がればその子達はやはり私より小さかった。
「あの…貴方達は?」
「はじめましてだね、月陽さん。私は真菰。あの人の姉弟子だよ」
「あの人?」
「俺は錆兎。あいつや鱗滝さんから月陽さんの事は聞いている」
あの人やらあいつやらで知ったきっかけの当人の名前を出さない二人に首を傾げる。
鱗滝さんと言う名前は聞いた気がするけど、ぼんやりする意識の中どんな人だかが思い出せなかった。
私より少しだけ背の低い二人の格好を見ると、錆兎君の服に見覚えがある。
「…ぎ、ゆうさん」
「あーあ、もうバレちゃった」
あの独特な羽織を着た人を思い出す。
真菰ちゃんが悪戯っ子のように舌を出しながら私の手を取った。
もしかして、この子達が義勇さんの。
そう思いはしても口には出せなかった。
だってこの子達はもう。
「そんなに悲しい顔をしないで?」
「あぁ。俺達は月陽さんの顔が見れただけで嬉しいんだ。それに、ずっと礼を言いたかった」
「お礼…?」
両手を二人に握り締められた私は彼らとは初対面なのだから、礼を言われるような事は何一つしていない。
意味が分からなくて首を傾げると二人は優しくて、ちょっと困ったような笑顔を浮かべた。
「義勇の事だよ」
「月陽さんのお陰で義勇が変わったと鱗滝さんが喜んでいた」
「だから、私達ずっと貴女にお礼を言いたかったの」
「義勇を支えてくれて、鱗滝さんを喜ばせてくれて」
「「ありがとう」」
重なった声に辺りを見渡せば様々な模様の狐面を被った子供たちが目の前に立っていた。
錆兎君と真菰ちゃんの顔しか見えていないけれど皆が皆笑っているような気がして私も小さく微笑み返す。
「それはお互い様だよ。見守ってくれていたんだね」
「義勇って意外と独占欲強いから私びっくりしちゃった!」
「そうやって誰かに感情が出せるようになったのは月陽さんのお陰だろう。こんなに想ってくれる女性が横に居るんだ、胸を張っていればいいとは思うがな。男ならば」
「ふふふ」
義勇さんの事を大切に思っている様子が所々に現れていて、それを聞いている私の心が温まる。
笑った私を見て錆兎君は少年らしかぬ笑みを浮かべて、握った手を両手で包んでくれた。
「だから、あなたの事は俺達が守る」
「守る…?」
「義勇を含めた鬼殺隊の面々は記憶を奪われた」
真剣な顔をした錆兎君に私は目を丸くする。
記憶を奪われた?
どういう事か分からない。
そこでふと何故自分がこの霧が立ち込める山にいるのだろうと疑問が浮かんだ。
「陽縁」
「…ひ、より」
「思い出して。月陽さんがどうして今この狭霧山に居るのか」
真菰ちゃんも私の手を両手で握りながら真剣な顔で語り掛けて来る。
思い出す。ここは狭霧山。陽縁。
ズキンと激しい頭痛に襲われ思わず二人の手を離した私は両手で痛む頭を抑えながら蹲った。
ゆっくりと蘇る記憶に、綺麗だったはずの隊服や羽織は汚れ始め私の身体にも傷が浮かんでくる。
「おもい、だした…」
痛みが遠のいた頃、私はやっと少し前の自分を思い出した。
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