「 」
目の前で優しく微笑む人は誰なんだろう。
微睡みの中で頬を撫でてくれる手に擦り寄れば身体ごと抱き締めてくれた。
「目を覚ましたか」
「ん…」
「おはよう」
「おはよう、縁壱」
縁壱とは誰の事だろうか。
そう思って初めて私は夢を見ているんだって分かった。
目の前の彼は穏やかに微笑んでこちらを見ている。
優しくて、太陽みたいな香りがして凄く落ち着く。
夢だから私は私の意思では動けないけれど、不思議と嗅覚や感覚を感じられる事が出来て少しだけ義勇さんに罪悪感が湧いた。
「 、」
「ん?」
「……愛してる」
頬を両手で包み込まれ唇が重なる。
表情が薄い所や、雰囲気が何だか義勇さんに似ていてむず痒いし私が見ている女の子の気持ちが頭の中に溢れて愛しいと思ってしまう。
求める様に緩んだ衿を掴めば彼は更に目を細めて何度も何度も口付けてくれた。
たかが夢だと思っているのに、懐かしさを感じるのはどうしてだろうか。
手を取られ田んぼに向かって食材を取ったり、山へ行ってお花を摘んだり。
何処かへ移動する度に繋がれる手が嬉しくて嬉しくて、どうしてしまったんだろうと思ってしまう。
「疲れたか」
「え?どうして?」
「……」
縁壱さんは何かを考えるように口を噤むと眉を寄せながら首を傾げた。
会話は私の意思ではない。
けど、彼の言いたい違和感は何なのだろうか。
そう思った時、彼と目が合った気がした。
「縁壱?」
「…いや、思い違いだったようだ」
「そう?」
「あぁ」
彼に私の存在は分からないはずなのに、目が合った時心臓が大きな音を立てて思わず戸惑ってしまう。
夢なのに、どうして?
あの瞳に見つめられると嬉しくてたまらなくなってしまう。
義勇さんに雰囲気は似ている。
でも全然違う人だ。
「…一つ、伝えたい事がある」
「なぁに」
「この身体が朽ちようと、離れ離れになろうとも…心はお前を愛し続けると誓おう。月陽」
「っ!」
カラン、と音を立てて彼の耳飾りが揺れた瞬間私は目を覚した。
彼は確かに私の名を呼んだ。
聞き取れなかったけれど、最後以外は私が見ていた視点の彼女の名を呼んでいたはず。
悪い夢では無いけれど、早くなった鼓動が収まらない。
そっと隣を見れば義勇さんが寝息を立てて寝ている。
「…お水飲んできますね」
柔い髪の毛を撫でて布団から抜け出して台所へ向かう。
何度も夢だと言い聞かせても、縁壱と呼ばれた彼の瞳を思い出しては苦しくなる。
「それに、あの耳飾りは…」
「耳飾りがなんだ」
「ひょわっ!?」
すぐ後から聞こえた声に肩を振るわせれば寝起きだからか、不機嫌そうな表情の義勇さんが柱に寄りかかってこちらを見ている。
ここまで来て取り繕うのはおかしいし、やはり義勇さんに嘘をつくのは気が引けてそっと逞しい胸に寄り添った。
「ただの夢なんですけどね、」
私は夢の話をした。
義勇さんは時折無言で相槌を打ちながら黙って話を聞いてくれる。
そして見た夢の内容を話し終え、横目で佇む義勇さんを覗き見ると何を考えているか分からない彼はただ私を見つめていた。
「う、あの…義勇さん?」
「月陽は俺の嫁だ。誰かに渡すつもりはない」
「………、」
表情とは裏腹にムッとした声が上から降ってきた瞬間優しく抱き寄せられて思わず口をぎゅっと結ぶ。
可愛い好きかっこいい大好き。
精一杯の力で抱き返して顔を肩口に押し付ける。
「好き。大好きです」
「…あぁ」
「あなたのお側に居させてください」
「当たり前だ」
まだ暗い台所の窓から月明かりだけが私達を照らしていた。
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