「珠世さん、愈史郎くん、ただいまー」


案内されて珠世さんのお屋敷に入れば何故かとても静まり返っている。

何かあったのだろうかと思いながらいつもなら出迎えてくれるはずなのにと奥へ進んだ。


「珠世さん、愈史郎く………わーっ!?」

「帰れ醜女」

「帰れるものなら帰りたいですがそうも行かないんですよ。そんな事も分からないのですか?困った鬼ですね」

「あぁ、月陽…ごめんなさいね、出迎えが出来なくて」

「いえいえ…あ、ちょっ!しのぶさん愈史郎君…」


部屋に入るとおでこを擦り付け合いながら睨み合いをする二人が居て、それをおろおろと見つめる珠世さんが困った様に私に視線を寄こした。


「あら月陽さん、奇遇ですね。鬼退治ですか?」

「お前を引き取りに来たんだろ。さっさと珠世様の前から消えろ」

「混沌を極め過ぎてないですか…愈史郎君、駄目だよ。女性には優しくしなきゃ」

「煩い。俺にとっての女性は珠世様とお前だけだ」

「はいはい、ありがとう。しのぶさん、これ良かったら!差し入れです」


怒る愈史郎君に頷きながら、道中で買ったくず餅を渡した。
しのぶさんも愈史郎君もおでこが少し赤くなっていて、どれ程の力で擦り合っていたのだろうかと苦笑を浮かべる。


「ありがとうございます月陽さん」

「いえ…それにしても、私がここにいる事驚かないんですね」

「お館様から聞いてましたから。良かったです、珠世さんの様に淑やかに育ってくれて。兄があれでは月陽さんも大変でしたでしょう」

「はは、そんな事は…」


そそくさと私の横に移動したしのぶさんは腕をがっしり掴んで愈史郎君に嫌味を飛ばす。
今のしのぶさんは私の過去よりも愈史郎君への揶揄いが優先事項なのだろうととりあえず首を横に振った。


「月陽、しのぶさん。折角ですから居間に参りましょう。お話があるのよね?」

「は、はい!」

「私がご一緒しても?」

「しのぶさんにも、ちゃんと言葉でお伝えしたかったので」

「…ふふ、ではお言葉に甘えて」


少し場の雰囲気が穏やかになったなと胸を撫で下ろせば、背後から視線を感じて振り向く。
そこには愈史郎君が、私の腕を掴むしのぶさんの手を睨んでいた。


「あ、あの…愈史郎君」

「あ?」

「こわっ!喉乾いたからお茶がほしいんだけど、案内してもらってもいいかな?」

「…いいだろう。ついて来い。おい貴様、珠世様に何かしたら許さないからな」

「それについては何度も説明してますが。あらら?何度も言わないとお分かりにならないでしょうか?」

「わー!!早く早く、愈史郎君行こう!」

「月陽…苦労を掛けますね」

「珠世さんは気にしないで下さい」


義勇さんと不死川様が出会った時のようだと感じながら、愈史郎君の背中を押して実験室のような所から二人で出る。

緊張が緩んで思わずため息をつけば、目の前に居る愈史郎君がそっと手を繋いでくれた。


「どうしたの?」

「嫁に行こうが何だろうが、お前は俺の妹だからな」

「…んふふ、そうだね。愈史郎お兄ちゃん」

「揶揄ってるだろ」

「揶揄ってないよ。だって本当の事だもん」


幼い頃に住んでいた屋敷ではないけど、こうして愈史郎君に手を繋いでもらうと幼い頃に戻ったような気がして何だか嬉しい。

義勇さんの事で何かしら言われると思ったけど、本人はそのつもりがないようで今までの実験結果を淡々と私に話してくれる。


「おい、聞いているのか」

「うん。禰豆子を人間に戻す薬と、鬼舞辻に使う為の薬を試薬品段階だけど一応出来てるんでしょ?」

「聞いてるなら返事くらいしろよ」

「はーい!」


呆れたようにこちらを見る愈史郎君に手を上げて返事をすると子供か、と言われた。
いいんだ、私は此処だけなら子どもで居たいんだ。

そんな事を思いながらあの頃よりずっと身長の近くなった愈史郎君の腕にしがみついて笑みを漏らす。


「…幸せか?」

「うん、幸せだよ。私は、ずっと」

「ならいい」

「お父さんとお母さんの子どもに生まれて、珠世さんと愈史郎君に出会えて…そして鬼殺隊に入れて。人に恵まれてるなぁって思うもん」

「…お前は変わったよ。いい意味で」

「今や人妻だしね!」

「人の成長は早いな」


ぽつりと呟いた愈史郎君に顔を上げると、そっぽ向かれて表情は見れなかった。
すると給湯室についたのか、電気を付けやかんを取り出す姿に手伝いをしようと地下収納に手を伸ばす。

此処には初めて来たけれど、大体の置き場所はいつも決まっているので私も難なく手伝うことが出来た。


こうして二人が食事類の物や飲み物を置くようになったのは私を引き取ってからだと聞いて、とても嬉しかったのを覚えている。


「沸いたぞ」

「うん、ありがとう」


湯呑みを取り出し、必要はないかもしれないけど4つ分お盆の上に置けば無表情の愈史郎君と目が合った。




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