「お館様、失礼します」
私は今、義勇さんと共にお館様の屋敷に来ている。
本来ならば現状況でお会いするのはと気が引けたけれど、私と義勇さんが結婚すると報告の手紙を送ったら顔が見たいと仰って下さった。
あまね様や輝利哉様に迎えられ、お館様のお部屋へ足を踏み入れる。
「…あぁ、月陽…義勇。すまないね、こんな姿で…」
「いえ、私共の方こそお館様がこのような状態の時に結婚報告をして申し訳ありませんでした」
「何を言うんだ。私にとって、とても嬉しい報告だよ。やっと、月陽の事も…思い出せたんだ。おかえり」
「…、はい。只今戻りました」
目の前で横になったままのお館様に手招かれ、失礼ながらも側に座って二人でその手を取った。
握り返してくれたつもりの手は殆ど力も入っていない。
「義勇…、良かったね」
「ありがとうございます」
「本当に、本当に良かった。子どもたちの幸せな報告を聞けるなんて」
もうきっと目も殆ど見えていない筈なのに、お館様は私達二人をしっかりと見据えて目を細めた。
あまね様もそんな嬉しそうなお館様を見て嬉しそうに頷いている。
「義勇、月陽。もう二度と、その手を離したりしてはいけないよ」
「はい、勿論です」
「何があっても、月陽と共に」
「あまね、今日はいい日だね。とても、いい日だ」
「えぇ、耀哉様が嬉しそうで何よりです。僭越ながら私もお二人の事を応援させて頂いていました」
反対側に腰を下ろしたあまね様がもう片方の親方様の手を取りながら美しく笑う。
暖かく、優しい視線が私達に注がれて思わず唇を強く噛んでしまった。
「ごめんね月陽」
「っ、どうしてお館様が謝る事があるのですか?」
「花嫁衣装、着させてあげられなくて」
「…そんな、私は」
「この戦いが終わったら、式を挙げるといい」
穏やかな、そして少し寂しそうなお館様の声が部屋の中に響いた。
その声に、言葉に私は不安を覚えてしまう。
「…月陽の花嫁姿を必ず、見せに参ります」
凛とした声が部屋に響く。
隣を見ればしっかりとお館様を見つめ、手を握った義勇さんが居る。
「この命に誓って」
「…うん、ありがとう義勇」
「義勇さん…」
「だからどうか、お館様もあまね殿も暫しお待ちいただきたい」
お館様の手を握った反対の手で私の肩を抱いた義勇さんの言葉はとても、とても真っ直ぐだった。
その後、お館様が私達の手を握ったまま嬉しそうに呟きながら眠ってしまうまでお側に居させてもらった。
「月陽さん、冨岡さん」
「あまね様」
「少し、よろしいですか」
部屋を後にした私達を呼び止めたのはあまね様だった。
足を止めあまね様へ振り返れば別の部屋の襖を開けてそちらへ導くように手を上げている。
少しでもお館様のお側に居たいであろうあまね様が呼び止める理由は何だろうと顔を向き合わせながらも部屋へとお邪魔した。
「どうかなさいましたか?」
「お礼を言わせて欲しかったのです」
「お礼…?」
畳の上に座った私達へお茶を出して下さったあまね様は目を細めて問いに対して頷いた。
「ここ最近、禰豆子さんのお話もありましたが…耀哉様があんなに嬉しそうな姿を久し振りに見る事が出来ました」
「あまね様…」
「お二人の婚姻の知らせを聞いてから咳等の症状も出ず、ただただ微笑まれていました。病は気から、と申します通りきっとその知らせが薬となってくれたのでしょう」
ありがとうございます、と顔を伏せたあまね様に私達二人も急いで頭を下げる。
「あの方の妻として、そして私個人からもお礼を言わせていただきたかったのです」
頭を上げてそう言ったあまね様はとても儚げだった。
嫁いでからずっとお館様を献身的に支え、愛してきた一人の女性。
日に日に弱っていく愛する人を見るのはどれ程辛かっただろうか。
全てを知る訳では無いけれど、心中はお察しする事くらい出来る。
「あまね様も、どうかお身体を大切になさって下さい」
「……えぇ、お気遣いありがとうございます」
「あまね殿やご子息、ご息女が何よりのお館様の支えかと」
「鬼舞辻は、私達が必ず討ち果たします」
細く美しい手を握って笑い掛ければ、あまね様は目を細めて頷いてくれた。
これから私達も道場にへ戻り柱稽古をつけなければならないし、長居をしては申し訳無いと頂いたお茶を飲み干してお屋敷を後にする。
「お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
「いいえ、私達も直接ご報告が出来てとても嬉しかったです」
「それでは失礼する」
「えぇ。お気を付けて」
わざわざ見送ってくれたあまね様へ深く頭を下げ門を出る。
私達の姿が見えなくなるまで、あまね様は見送ってくれていた。
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