「師走」
血鬼術を受け流し、体を翻して木に駆け上がる。
少し駆け上がった所で強く蹴飛ばし陽縁の側に着地して刀を返す。
陽縁を斬る気はない。
「私が勝ったら話を聞いて」
「うるさい、うるさいうるさい!」
足を強く地へ踏み込んだ陽縁が私へ向かってくる。
鬼である陽縁と私の力の差は歴然。
咄嗟にその場から大きく飛び退けば私がいた所に拳を叩きつけた地面が抉れた。
「ちょっ、あれ食らったら確実に死ぬよ…」
「お前を殺してあたしも死ぬんだもん、当たり前でしょ。他の奴に殺されるなら…あたしが殺してあげる!!」
「…姉さん」
「いつもそうだ!お前は直ぐに死にに行くような真似して!折角お父さんとお母さんから生まれた命を大切にしないお前が大嫌い!」
「っ、」
陽縁の蹴りが頬を掠めて血が飛び散る。
姉さんは姉さんなりに私を大切にしてくれてたんだ。
それと同時に父さんと母さんを救えなかった私を憎んでいた。
どれ程辛かっただろうか。
けれど、私は殺される訳にはいかない。
「ぐっ…!」
「血鬼術、月影喰い」
月に照らされて出来た影の腕を陽縁が切り裂いた瞬間、私自身の腕からも血が吹き出た。
血鬼術の強さは上弦の鬼達と変わらない。
広範囲に渡り、そして長期間の血鬼術を扱う陽縁の底が分からないくらいに強い。
影に対しての攻撃も出来るなんて反則じゃないだろうか。
後ろへ飛び退き、影を斬られないよう距離を取る。
下手に近づけばまた同じ技を食らうことになってしまう。
「はぁっ…はぁっ…」
「どうしたの?あたしに勝つんでショ?息上がってるじゃない」
「姉さんが強いのが悪い」
「そうヨ。妹より先に産まれたんだもの。強いに決まってるじゃない!」
「くっ…」
鋭い爪を生やした陽縁がこちらに踏み込んで来るのを目視しながら立ち位置を変えようと返した刀を構える。
傷付けたくは無いけど技の一つも出さなければ私が本当に死ぬ。
それくらい、陽縁は本気で私を殺そうとしてる。
「拾ノ型 神無月」
月の光を反射させ陽縁の視界を奪い背後を取ると柄で思いっ切り背中を突く。
前のめりに転んだ背中に飛び乗り首筋へ切っ先を突き付けた。
「もう辞めよう姉さん」
「甘い」
「え?」
「甘いって言ったのヨ」
「!」
首筋に突き付けられた刀に気にも止めず下半身を思いっ切り逸した足に蹴り飛ばされる。
木に背中を思いっきり打ち付けた私は咳込みながら立ち上がり、こちらへゆっくりと近寄ってくる陽縁を見た。
その表情が照らされ目を見開く。
「姉、さん」
「苦しい思いはさせないから。痛いのも一瞬だから」
ぽろぽろと涙を流し笑みを浮かべた陽縁に歯を食いしばった。
きっと本人は泣いてる事に気が付いていないんだろう。
「大丈夫、お父さんとお母さんが待ってる。お前には」
「どうして?どうしてそんな事言うの」
「あたしは地獄行きだもの。人を救い、優しいお前達とは違う」
「…それでも、父さんと母さんは陽縁の事大好きだよ」
「そうだとしても!そうだとしても、行き先は違うの」
もう手を振り下ろせば私を殺せる所にまで来た陽縁は首元にぶら下がる三日月の首飾りと日輪刀を模した首飾りに触れた。
「お前達は鬼狩り。私は鬼。生き方も、死んだとしても、その方向は相容れないの」
「そんな事ない!」
「さようなら、月陽。お父さんとお母さんの、可愛い娘」
長い爪が振り下ろされようとした瞬間、陽縁の目が見開いた。
そのまま動きを止めてしまった陽縁に状況が分からない私はただただ目の前の光景を見つめる事しかできない。
「…お母さん」
「え?」
「お、父さん」
「何?何を言ってるの?」
長く鋭い爪がどんどん短くなり、自分の胸の前に手を置いた陽縁はまるで誰かに後ろから抱き締められているかのようだった。
『喧嘩はやめなさい』
『姉妹なんだから、仲良くしなきゃ駄目だぞ』
「…父さん、母さん」
目の前には陽縁以外に誰も見えないのに、どうしてか父さんと母さんの声が聞こえる。
『こんな事でこっちに来たら、お父さんもお母さんも許しません』
『母さん怒らせたら怖いぞー』
「…うっ、うぅっ…」
「陽縁…」
陽縁には父さんと母さんが見えてるのだろうか。
小さく、幼少期の姿になった陽縁が必死に何かを掴んでいるように私には見えた。
もしかしたら、父さんと母さんと一緒にいた時の頃の陽縁なのかも知れない。
そっとその手に触れれば見た目以上に小さくて柔らかい手だった。
「姉さん…もう辞めよう。終わりにしようよ」
「私じゃ守れない…私じゃお父さんとお母さんみたいに月陽を守れないもの。どうしたらいいの?分からない、分からないよ」
「…姉さん」
子供のように泣き出した陽縁に私も一緒になって涙が流れた。
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