炭治郎が来た。
雨音は柱稽古に行ったからやっと静かになったこの部屋で一人瞑想していたと言うのに。


「義勇さん、義勇さん!」


炭治郎はどこへ行くのにもついてきた。
俺ではなく、炭治郎に水柱になって欲しかったことも伝えた。

日の呼吸と言うものに適したのなら仕方が無い。
始まりの剣士と同じ呼吸と言う事は悪い事ではないと言うことも、分かっていてもそう言わずには居られなかった。

俺は水柱になる資格などない。
だから炭治郎になって欲しかった。

そう伝えても炭治郎は俺に付いてくるのをやめず、厠に隠れても外に出ても松葉杖を付きながら追い掛けて来る。


「…義勇さんは、錆兎から託されたものを繋いでいかないんですか?」


そう言われた時、錆兎に頬を叩かれた事を思い出した。
咄嗟に左頬を抑えた俺に炭治郎は言葉を続ける。


「月陽さんだって、きっと義勇さんに前を向いて欲しいって…言ってきたんじゃないんですか?」


――私が肯定します!

そんな風に言った月陽が笑ってくれている。


「…あぁ、月陽が言っていたんだな」

「義勇さん?」

「炭治郎、お前は月陽の事を覚えていたのか」


そう言えば炭治郎の目が見開かれた。
やはりそうだったのかと思うと同時に、己を責めずにはいられないほどの月陽との思い出が頭の中に浮かんでくる。

あの簪も、あの言葉も全て俺と月陽との記憶。


「もしかして、思い出したんですか…?」

「あぁ」

「そ、それなら月陽さんの所に行きましょう!」

「…炭治郎」


嬉しそうな炭治郎の声に振り向き名前を呼ぶ。
きっと自分一人であったなら錆兎の事も、月陽の事も思い出せなかっただろう。


「…ありがとう」

「いえ!俺は義勇さんと月陽さんに救ってもらいましたから!さぁ行きましょう!」


俺の背中を押す炭治郎の目には涙が浮かんでいた。
早く会いたい。
会って抱き締めたい。

思い出せなくてすまないと伝えたい。

松葉杖をつく炭治郎の歩幅に合わせながら流行る気持ちを抑え蒼葉殿の店に向かう。
途中何故か蕎麦の早食い競争をしようという炭治郎からの提案に適当に頷いてしまったが何でだろうか。


「月陽さん、ずっと義勇さんに一筋なんですね」

「…そうか」

「でも、記憶を失っても義勇さんだって月陽さんに一筋でした」

「………そうだな」


記憶を失った俺を見た時、果たして月陽は何を思ったのだろうか。
自分の記憶が無い鬼殺隊の面々を目の前にした時どれ程孤独だっただろうか。
一人にしないと、守ると言ったはずなのに。


不甲斐ないと感じると同時にこんな俺でもずっと好きで居てくれた月陽に喜びを感じた。

好きだ、愛している。
在り来りなそんな言葉しか浮かんでこない。


「錆兎は凄いですね」

「あぁ、錆兎は凄い」

「月陽さんが目を覚した時、錆兎や真菰に会ったと言っていました」

「月陽が…錆兎と」

「はい」


炭治郎や月陽がもし本当に錆兎に会ったと言うのなら、俺も会えるだろうか。
もし会えたとして不甲斐なしと横面を叩かれるだろうか。
それでもいい。

それでもいいから、ありがとうと言いたい。


「錆兎は」

「はい」

「錆兎は俺の自慢の友達だ」


いつだって錆兎は俺を導いてくれる。

ぽつりと呟いた俺に炭治郎は大きな声で肯定してくれた。


「蒼葉殿、失礼する」

「おや、冨岡さん!」

「こんにちは!」

「あんたは…あぁ、炭治郎だね。月陽から話は聞いてるよ」


蒼葉殿の店につく頃には日も沈みかけた時間だった。
椅子を引いて炭治郎を座らせてやり、いつもの席へと腰を下ろした俺は月陽を探す。


「ごめんね冨岡さん。月陽今出掛けてるんだ」

「買い出しか」

「いや、お墓参りだって言ってたよ。帰ってくるのも明日だって。折角来てくれたのにすまないね」

「…そう、か」


墓参り。
いつか共に行こうと言っていた。

残念だが今日は飯を戴いて帰るかと思った時、横に座って品書きを見ていたはずの炭治郎が俺の袖を掴んだ。


「義勇さん」

「何だ」

「月陽さんを追って下さい」


俺に向ける炭治郎の目が真剣で、只事ではないのだと察した。
炭治郎に気付かれないように深呼吸をしてその理由を問う。


「どうしてだ」

「義勇さん達の記憶を消した陽縁と言う人と会いに行くって、この前話してたんです」

「…陽縁」

「追ってください。すいません、話すのが遅れて…月陽さんは一人で良いって言ってましたけど、俺…」

「いい、炭治郎は悪くない。蒼葉殿、すまないがこれで炭治郎に何か食わせてやって欲しい」

「月陽がどうかしたのかい?」

「俺が必ず連れ戻す」


不安そうな蒼葉殿に一言残して俺は走り出した。
側に来た鴉に目をやれば、片目のない鎹鴉。


「…お前も、見守っててくれたんだな」


すまない、そう言えばため息をつきながら俺の前を飛んでいく。
案内してくれると言う事なのだろう。


「頼んだぞ」


そう言えば、カァと鳴き声が帰ってきた。




Next.



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