炭治郎はあれから体の水分がなくなるんじゃないだろうかと言うくらい泣いた。
水差しから直接飲ませて背中を擦ってあげればちり紙で鼻を拭きながらお礼を言われる。
「何でだろう、月陽さんが居ると凄くホッとするんです」
「それは嬉しいな」
「母さんみたいに優しい匂いがするからですかね」
泣いたから赤いのか、それとも照れ臭くて赤いのか、真っ赤になった鼻を擦りながら炭治郎は笑ってくれた。
「何だか今日はお母さんみたいって言われる事が多いなぁ」
「え、そうなんですか?」
「うん。今日小芭内さんのお屋敷に行ったんだけどね…」
そこで痣の事は避けつつ小芭内さんの話をすると炭治郎はとても驚いていた。
優しい人なんだけど誤解は受けやすい、と言うか自分が許した人じゃないとあの人は容赦ないから分からなくもないけれど。
「小芭内さんはね、凄く優しいんだよ。私の事いつも気に掛けてくれてね」
「へぇー!じゃあ俺も柱稽古に参加出来るようになったら話し掛けてみます!」
「う、うん」
両手を叩いた炭治郎に明後日の方向を向きながら頷いた。
大丈夫だろうか。小芭内さんは優しいけど厳しさが強めの人だから、と言うことは胸のうちにしまっておこうと言葉を飲み込む。
「兎に角、炭治郎は早く怪我を治さなきゃね」
「はい!沢山食べて沢山寝て強くなります!」
「う、うん?」
拳を作った炭治郎に別の意味で捉えられてるような気もしなくも無かったけどとりあえず可愛らしいおでこを撫でてあげた。
炭治郎は撫でてあげるといつも照れ臭そうに笑う。
善逸や伊之助も元気だろうか。
あの子達はきっと柱稽古に向けて頑張るとは思うけど、善逸辺りが心配。
蜜璃さんの稽古は喜んで受けそうだけど。
「炭治郎さん、お夕食の時間ですよ」
「あ、はい!」
「もうこんな時間なんだね。それじゃあ私はそろそろお暇しようかな」
「もう帰ってしまうんですか?」
「うん。陽縁の事があるからね」
そう言えば炭治郎の顔がきゅっと引き締まった。
心配する必要はないと意味を込めて再度頭を撫でてあげれば羽織りの裾を掴まれる。
「…必ず帰って来てくださいね。義勇さんの事は俺に任せてください!」
「うん、ありがとう。頼むよ」
「はい!勿論です!」
義勇さんの事とは何だろうと思ったけれど、兎に角炭治郎ならば大丈夫だと信じて一度下がって食事を持ってきたアオイちゃんに声を掛けた。
「アオイちゃん、私は帰るよ」
「えっ、あっ…今食事を渡したら」
「いいのいいの。お見送りはもうしてもらってるのと一緒だからね。それじゃ」
「あっ!」
「月陽さん!ありがとうございました!」
「はーい」
慌てた様子のアオイちゃんの頬をぷにぷにした私は頭を下げる炭治郎に手を振って蝶屋敷を出た。
蒼葉さんのお家に帰ったらお手伝いをして少し休もう。
鬼の活動が落ち着いたとは言え警戒する事にこしたことはない。
蝶屋敷から蒼葉さんのお店までを少し遠回りしながら見回りを兼ねて山を散策する。
するとかー君が私の肩に降り立ち一枚の手紙を渡してきた。
「これは?」
「オ館様カラダ」
「ありがとう、かー君」
お礼を言って口に咥えた手紙を受け取りその場で読む。
その手紙の内容に思わず目を見開き、かー君を再度見つめた。
「これ、本当なの?」
「ソウダ」
「…そっか。でもしのぶさんなら大丈夫だね」
内容は珠世さんとしのぶさんが共同で薬の研究を進めるという話だった。
私の記憶が無いお館様が何故珠世さんとの件を話して来たのかは謎だけれど、間違いなく素晴らしいご判断だと思う。
「鬼舞辻無惨との戦いが、そろそろ始まるんだね」
そう呟いて今は何も浮き出ていないだろう左目の下辺りに触れる。
もし仮説が本当ならば義勇さんとの約束は守れそうにない。
けれど、だからと言って諦めるつもりもない。
「最後まで生き抜くって決めたから」
たくさんの人達に助けてもらいながら生き続けた私の命を絶対に無駄にしたりはしない。
どんな形だっていい、次への一歩になれるよう戦う事をしていかなくちゃ。
その為にきっと痣だって発現してくれたのだと思うから。
「かー君、最期までよろしくね」
そう言えば、珍しくかー君は何も言わず私に寄り添ってくれた。
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