あの後気絶してしまった私はまた禰豆子によって起こしてもらった。
目が覚めた直後、直ぐに出立すると言う炭治郎たちを見送る。


「月陽さん、本当にいいんですか」

「うん」

「…俺、月陽さんと冨岡さんにお会いするのがすごく楽しみだったんです。お礼を言いたかったのは勿論、優しさと愛に包まれたお二人の側に居たら幸せだろうなって思って」

「ごめんね」

「月陽さんが謝る事じゃないです!俺がどうにか冨岡さんの記憶が戻るよう頑張りますから…だから、また鬼殺隊に帰ってきてください」


必死に気持ちを伝えてくれる炭治郎の頭をそっと撫でる。
優しくて、愛に満ち溢れているのはきっと炭治郎と禰豆子の事だ。


「ありがとう。私は少し行く所があるから、気を付けていくんだよ」

「はい」

「何かあったら知らせて。私は炭治郎と禰豆子の為ならどんな場所にでも行くから」


グスッと鼻を啜った炭治郎の頭をそっと抱き寄せる。
辛かったんだろうな。必死に妹や手が伸びる範囲の人達を助けようと走ってきたんだと思う。

少しでも炭治郎が弱音を吐ける場所でありたい。
そう願いながら、私の腰に抱き着いた禰豆子の頭も撫でてあげた。

珠世さんや愈史郎くんを人と認識してくれた禰豆子にも恩返しをしたい。
言葉には出さないけれど、その行動は何より珠世さん達の心を救った。


「行ってらっしゃい、炭治郎。禰豆子も炭治郎の事宜しくね」

「はい!行ってきます!」

「ん!」


私や珠世さん、愈史郎君に元気よく手を振った炭治郎達はまた鬼殺隊としての仕事をしに行くのだろう。
炭治郎を見送ったその後は一日身体を解しながら愈史郎君と手合わせをして自分の体調を整えた。

私も早く行かなくては。


「月陽」

「何?」

「明日には出るのか」


愈史郎君と手合わせした後、滝の様に汗をかいた私はお風呂を借りて星の出る夜空を見上げていた。
後ろから愈史郎君の気配がしていたから居るのは分かっていたけど、こんな寂しい声で話し掛けられるとは思わなくて内心凄く驚いている。

自分がどんな声でどんな顔で話してるか分かってるのかな、愈史郎君てば。


「まだ本調子じゃないだろう」

「んー、まぁ。でも行かなきゃいけない所があるから」

「…そうか。本当にお前も珠世様も、これと決めたら梃子でも動かないな」


悲しそうな顔をした愈史郎君に思わず何も言えなくなったしまった。
きっと自分が死んででも無惨を倒そうとする珠世さんの事を言っているのだろう。

愈史郎君は、珠世さんが大好きだからきっと生きていて欲しいんだろうな。


「お前は鬼じゃない。いつか俺達を置いて死んでいく」

「そうだね」

「人間の命は有限だ。それならいっそ穏やかに暮せばいいだろう」

「何言ってるの。だからこそだって分かってるでしょ、愈史郎君も」


私がそう言い返せば愈史郎君は黙ってしまった。
本当に不器用で優しい人だ。だからこそ、人が怖いんだろうと思う。

隣に座った愈史郎君の肩に頭を預けると、ちょっと嫌そうな顔されたけど気にしない。
何だかんだいつも甘やかしてくれるのが愈史郎君だから。

小芭内さんも、そうだったな。


「愈史郎君」

「お前が」

「ん?」

「…お前が前みたいに笑えるというのなら、応援してやらん事もない。あの男でないと駄目なんだろ」


預けた頭に愈史郎君の頭の重みが伝わる。
こっちを全く見ない瞳が何を思っているかは分からないけれど、私を妹の様に大切にしてくれているという気持ちは痛いほど伝わってくるから、細い腰に腕を回した。


「うん。私義勇さんじゃないと嫌」

「記憶が戻らなくてもか」

「戻らなくても、もし新しい彼女が居てもそれでもいい。あの人が好きな気持ちだけは誤魔化せなさそうだもん」


新しい彼女なんて自分で言って傷付いたけど、義勇さんの愛の矛先が私じゃなくてもそれはそれでいいのかもしれない。
義勇さんが笑ってる、それがきっと私にとってはとても大切だから。


「自己犠牲が綺麗な形だと思うなよ」

「えぇー」

「そんなもの、くそくらえだ」


まるで私以外に向けて言っているかのような愈史郎君の横顔を見て、眉が下がった。


「そうだね、愈史郎君」

「お前は何も分かってないだろ」

「分かってるよ、愈史郎君の覚悟くらい」


これ以上は愈史郎君の顔を見ない方がいい気がして、ぽっかりと空に浮かぶ月を見つめる。
ぽたぽたと雨も降っていない筈なのに水滴が服へ落ちるような音がした。

分かっているけど、譲れないものがある以上きっと私達はこうやって進む以外道はないんだ。





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