義勇さんのお屋敷から帰宅して数日、私は蒼葉さんに頼まれて山に山菜を取りに来ていた。

天気も良くて温かい陽気に鼻歌を歌いながら木々を渡り歩いていた時、目の前に降り立った胸板に激突して落ちた。


「い"っ!」

「アァ?」

「…ひぇ」


素晴らしい胸板は傷が増えた気がしなくもない。
まさかこんな所で誰かと衝突するとは思わなくて顔を隠してもないしそれだけじゃなくぶつけた鼻も痛い。


「テメェ…狐の野郎じゃねぇか」

「野郎じゃないです、少女です」

「ふざけやがってェ…」

「あぁぁごめんなさい!すみません!」


元々大きな瞳を更に見開いた不死川様に頭を下げた。
その間きっと二秒。

昔の私であったならあんな言葉言えなかったであろうと思いながら月日が経つのは早いと思う。


「…顔上げろ」

「は、はい」

「鼻血出てんじゃねぇか」

「んむっ」


顔を上げた私に対して首に掛けてあった手拭いを鼻に押し当ててくれた。
やっぱり優しい人だなと思いながら不死川様を見つめていると居心地悪そうに目を逸らされる。


「アイツが世話になったな」

「……ふぁい?」


小さい声で言った不死川様の言葉にあえて聞き返せば信じられないと言う顔で睨まれた。
アイツじゃ分かりません。きちんと名前で聞かないと。そう思いながら笑みを浮かべて首を傾げれば盛大な舌打ちを食らった。


「刀鍛冶の里に居たろ」

「うーん、炭治郎の事ですかね」

「違ェ!」

「じゃあ蜜璃さん?」

「テメー…敢えて外して聞いてやがるなァ?」


摘まんでいる手拭いに力を込め始める不死川様に内心ビビりまくりになりながら顔を背けて止まる気配のない鼻血を拭う。


「さぁ、なんの事でしょう。私狐なもので鬼殺隊の事はさっぱり」

「…本気で言ってンのかァ」

「はい?」

「テメーがシラ切るのは構わねぇがこちとら聞きてぇ事はたくさんあんだよ」


そう言われて私は目を見開いた。
聞きたい事、不死川様なら察しがいいから私が狐面の鬼狩りだと言う事は気付いてると思ってあえて否定はしなかったけれど何だか様子が違う。


「何で俺達の記憶から消えた」

「…記憶が戻ってたんですか?でもさっき狐面って」

「嫌味だよ、嫌味。そんな事も分からねぇのかァ」

「気付きませんでした」


ポタポタ垂れる鼻血を再度手拭いで抑えてくれる不死川様は目線を合わせたままもう片方の手で髪をわし掴んだ。


「俺は他の奴等とは違って甘くねぇぞ」

「知ってます!禰豆子にした事も聞きました」

「……るせぇ」

「でも、私が何か言う権利はありません。あの場に居なかった私も責任がありますから」


謝る気など無いのだろう。
仕方ないなんて思わないけど、私が居た所であの場が変わる事は無かったとも思う。

鬼殺隊は鬼に身内や大切な他人を奪われた者が沢山いるのだから。


「記憶が無くなった理由は私のせいです」

「ア"?」

「だから、これからきちんと解決してきます」

「まさかそれで納得しろなんて言わねぇだろうなァ?」


ビリビリと不死川様の怒りが伝わってくる。
それはそうだ。

人の記憶が一時的であっても無くなるという事は異能の鬼が使う血鬼術でしかあり得ないのだから。


「申し訳御座いません」

「…これ以上話すつもりはねぇってか」

「はい」

「お前の記憶はお館様方も無くしてる。どういう訳で戻ってるのかは分からねぇがもしお館様達の居場所が鬼にバレてるなら幾らお前でも逃れる事は出来ねぇぞ」

「勿論です」


真っ直ぐ見返す私の目を睨み付けた不死川様との無言の時間が過ぎていく。
どれ程そうしていたかは分からないけれど、掴まれた髪を離してくれた。


「その鬼は、鬼殺隊に手は出しません」

「何でそんな事が言える」

「鬼舞辻の呪縛は無く、その鬼は恐らく私を…恨んでる」


その瞬間、太陽が一瞬雲に包まれ私達を照らす光が遮られる。
恐らくと言ったのはそこに確証が持てなくなり始めたからだ。


「私が皆さんの記憶から居なくなって2年以上鬼殺隊に手を出さなかったと言うことは私自身のみを苦しめる為だけの手段に過ぎなかったからです」

「何でテメェだけがそこまで恨まれる」

「私が両親を助けられなかったから」


両親が死んだ日を思い出し思わず視線を伏せてしまう。
どんなに悔やんでも、詫びても両親は帰ってこない。

地についたままの手で地面を強く抉ると未だに鼻をつまんでてくれた不死川様の指が動いた。


「ンな顔すんじゃねぇ」

「すみません、同情を誘いたい訳じゃなくて」

「そんなもんで俺が誤魔化されると思うか」


ピン、とおでこを弾かれ顔を上げるとほんの少しだけ寂しそうな顔をした不死川様が私を見ていた。








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