毎日毎日同じ事を繰り返しているはずなのに、ここ二年ほど感じている心に穴が空いたような感覚は何なのか。

何も分からない。
俺は、どうしてこんなにも何か分からないものを探しているのか。

戸棚に大切にしまってあった俺の名が書かれた紙と、身に覚えの無い短刀を眺める。


「……誰なんだ」


そう呟いても、俺一人しか住んでいないこの屋敷では誰の返事も望めない。

この屋敷も、鬼殺も何かが足りなかった。

そしてこの違和感の決め手は台所に置かれた夫婦箸だった。


「…お前の持ち主は誰なんだ」


誰かに贈ろうとしたものでも無ければ、姉さんの物でもない。
そっと箸に触れれば冷えた心が少しだけ癒やされる気がする。

明かりを付けていない部屋の窓から月明かりを見上げても、ぼんやりと俺の影を移しているだけだ。


そろそろ寝なくては、と思う。
静かな部屋で、冷えた布団に入り目を閉じた。


『――――さん!』


眠りに落ちる瞬間、快活さのある明るい声が聞こえたような気がする。

それが誰なのか、目を覚ました頃にはその声を聞いた事すら俺の記憶から消されていた。


「カァーー!!」

「またお前か」


俺の鴉に寄り添うように何故か相方不在の片目しかない鎹鴉は毎日屋敷へと顔を出している。
何故こんなに懐いているのかは分からないが、仲良さそうに寄り添い合う鴉同士を引き剥がすのも気が引けてそのままにしていた。


「ギユ…ウ、オ館様ガ、呼ンデイル」

「招集か」

「早ク、早ク」

「少し待て」


お館様からの招集となれば十二鬼月が出たのかもしれない。
夜着から隊服に着替えると、鴉が俺の準備をまだかまだかと玄関先で待ち構えていた。

心に穴が空いたような感覚など姉さんを失った時から、ずっと続いているはずだ。
こんな事を毎日考えてしまう自分にため息をつく。

何故だか忘れてはいけないと思う気持ちが日に日に強くなって、気にせずにはいられない。

それでも俺は鬼殺隊の者として、鬼を狩らねばならないんだ。
錆兎が生きていたら成していたであろう事を、俺は少しでもやらなければならない。

それが、俺の生きる意味だ。


屋敷に鍵を掛けそう遠くはないお館様の屋敷へ向かう。

胡蝶との任務は八重の時以来だ。
余り相性がいいとは言えないがお館様の命令ならば仕方が無い。

お館様の屋敷についたのは日も暮れた時間だった。


「…そこには十二鬼月がいるかも知れない。柱を行かせなければならないようだ」


月も登り、連絡を受けたお館様は息を切らす鴉を膝の上で休ませながら後ろに控える俺達の名を呼んだ。


「義勇、しのぶ」

「「御意」」


お館様へ返事をすれば胡蝶が微笑んだまま口を開く。


「人も鬼も仲良くすればいいのに。冨岡さんもそう思いません?」

「無理な話だ。鬼が人を喰らう限りは」


胡蝶に話し掛けられた俺はそう淡白に返す。
ふと前に見逃したあの兄妹の事を思い出しながら、お館様の屋敷を後にして那田蜘蛛山へ走る。

あの時彼らを見逃した事は正しかったのか、今でも分からない。
しかし鱗滝さんからの話では最終選別を通ったと聞いた。

出来る事なら彼らを信じたい。
そして、それを思い出した時にふと誰かが側に居たような気がするこの違和感に自然と眉が寄る。


「考え事ですか?冨岡さん」

「…胡蝶は、違和感を感じた事はあるか」

「はい?」

「何か物足りないんだ」


胡蝶に聞けば怪訝そうな顔をされたが、俺はそれでも言葉を止める事が出来なかった。
誰かが教えてくれると言うなら、この違和感が拭えると言うのなら。


「一人で居るのが当たり前な筈なのに、一人じゃないと思ってしまう」

「……冨岡さん、頭でもやられました?」

「俺はやられてなどいない」


この心の引っ掛かりを胡蝶は理解してくれる様子は全く無く、仕方無しにお館様から命じられた任務に頭を切り替えた。




Next.



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