月明かりに照らされて浮かび上がる月陽さんの寝顔を俺は一人窓際で眺めていた。

無防備に開けられた口が可愛らしくて、思わず自分の頬が緩むのを感じる。


「よく寝てるな」


貴女は俺の事なんて分からないだろうけど、俺は貴女を知ってる。
もう俺の肉体はないから、自分の姿で話す事はこれから一生ないけど。


「んー…」

「ねぇ、これからも無一郎を頼んだよ。月陽さん」


きっと貴女なら、無一郎の心を救ってくれるって信じてるんだ。
そう思いながら俺は無一郎の手で月陽さんの頭を撫でる。

無一郎に向けられた優しい眼差しも、ただ迎えに来た俺を見て目を細めてくれた眼差しも一瞬しか見てなかったと言うのに深く心を打たれた。

嬉しそうにたくさんの飴を持ってきてくれた無一郎の笑顔も、内心では喜んでたんだ。

一人称が定まらないのは記憶をなくした無一郎の中に俺の意識が紛れ込んだせいだ。
だけど悪い事ばかりじゃないだろ?


「俺が居たお陰で早く記憶を取り戻せたんだからな」

「…ん、むいちろ?」

「ごめんね、月陽。起こしちゃった?」

「ううん、どうしたの?眠れないの?」

「いつも夜は起きてたから」


目を醒ましてしまった月陽さんに無一郎の笑みを浮かべて返事をする。
寝起きだからかぼんやりとした様子に近くに寄って髪を撫でれば俺を見つめる瞳と目があった。


「何?」

「…あぁ。やっぱり、見守ってたんだね」

「え?」

「有一郎」


初めて月陽さんの声で紡がれる俺の名前を聞いて目を見開く。
何故、どうして俺に気付いたんだ。


「えへへ、よしよし」

「な、何してっ…!」

「二人とも、可愛いね…ふふ」

「…何だよ、寝ぼけてるくせに」


俺を抱き締めながら頭を撫でる月陽さんはまた夢の中に落ちていってしまった。

寂しいような、ほっとしたような感覚に起こさないよう小さく溜息をつく。


「でも俺の名前、覚えててくれたんだ」


もう誰にも呼ばれないと思っていた自分の名前を呼んでもらえた。
それがこんなにも嬉しい事だなんて。


「大好きだよ、俺達の月陽お姉さん」


慰めでも何でもない真っ直ぐな愛情を無一郎に注いでくれてありがとう、そんな意味を込めて柔らかい髪を撫でる。

いつか無一郎が俺を思い出したらこの意識はもう二度と外には出てこれない。
でも、きっと今無一郎を取り巻く環境と月陽さんが居れば耐えられる。


あとは何かきっかけさえあれば、辛い事も何もかも思い出すだろう。
それまでは俺が守ってやるから、頑張ってくれよ。

お前の無は無限大の無。
何も無いなんてありえないんだからさ。


「そろそろ俺も眠らなきゃ」


その優しさを、強さを無限大に持つ自慢の弟。
どうか神様、無一郎をお守り下さい。

明るく暗闇を照らす月に祈って目を閉じる。


お前なら、出来るよ。
だからどうか俺の分まで生きて欲しい。

まだお前がこっちに来るなんて俺は許さないからな。


思う存分生きて、笑って幸せになれ。

それが俺の、最期の願い。



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