小芭内さんに会ってから眠りについていた私は、鏑丸くんに頬を舐められて目が覚めた。


「…ん」

「目が覚めたか」

「小芭内さん…」

「心配掛けたくないのであればここで身だしなみを整えろ」


ぼんやりと目を開けた私が上半身を起こして辺りを見渡せば見たことない作りの部屋が視界に広がった。
藤の家でも小芭内さんの家でもなさそう。


「ここは?」

「吉原に近い宿だ。そのまま帰ったら心配されるだろう」

「……確かに」


ボロボロの服に目を落とした私は思わずため息をついた。
愈史郎君に貰った服はそろそろ限界が近い。

隊服が一番動きやすくはあったけれど、最近は袴にも慣れたし鬼殺隊に戻るまではこの服装で居ようと思ったのに。


「そこに着物がある。今はそれで我慢しろ」

「えっ、小芭内さんが準備してくれたんですか?」

「宿の近場で買っただけだ。俺は出ているからさっさと風呂に入って着替えておけ」

「ありがとうございます!」


部屋を出ていく小芭内さんの背中にお礼を言って備え付けてある風呂へ入った。

汚れを落とし、綺麗な状態で白地に山桜が描かれた着物へいそいそと袖を通す。
寒くない様にと準備してくれていたのか、紺色の羽織も側にあった。

それら全てを身に着けて近くにあった鏡で見ると、何だかいい所のお嬢さんのような気がして少し嬉しくなってその場で回転してみる。


「…むふふ、小芭内さんて見る目あるなぁ」


そんな風にして一人楽しんでいると、部屋を仕切る襖がとんとんと控えめに叩かれた。


「小芭内さん?もう大丈夫ですよ!」

「あぁ。悪いが仕事が入ってな、お前を送り届ける事が……」

「あ、お仕事ですか!じゃあその前に見て下さい!どうです?」


似合いますか?と言って襖を開いたまま固まる小芭内さんへ一回転して見せる。
しかし小芭内さんは未だに私から目をそらさないまま固まり続け変な沈黙が部屋の中を包んだ。

そろそろ何か言ってくれないだろうか。


「あ、あの?」

「……似合っている」

「え!?」

「似合ってると、言ってる。何度も言わせるな」


顔を赤く染めて私から視線をそらした小芭内さんに、予想外な答えを貰ってつい自分もつられて固まってしまった。
何だろう、あれ以来小芭内さんの毒が抜けて甘やかしてくれるから気恥ずかしくなってくる。


「あっ、ありがとう…ございます」

「…あぁ」

「ちゃんと大切にしますね!」

「……いや、帰ったら捨てろ。冨岡にバレたら面倒な事になる。一度でも俺の買ったものに袖を通したお前が見れたならそれで満足だ」


嬉しそうな、悲しそうな顔でそう言った小芭内さんは私の頭を撫でて背を向ける。


「い、嫌です!捨てません!」

「…お前なら、そう言うだろうという気はしていた。好きにしろ」

「はい!好きにさせてもらいます!!行ってらっしゃい、小芭内さん!」

「あぁ、行ってくる」


捨ててしまえと言った小芭内さんに頬を膨らましながらその背に声を掛けると、振り向いたいつも通りの小芭内さんがふっと息を吐いて笑ってくれた。

その後私も蒼葉さんの元へ帰ろうと鼻歌を歌いながら帰っていた。


「………!!」

「………だ。俺は……好きだ」


帰り道、知らない女の子と腕を組んでいる義勇さんを見かけてしまった。
会えたらいいなと思ったけど、まさかこんな所で会ってしまうなんて。

沈む気持ちに唇を結んで義勇さん達へ背中を向けて気付かれないよう別の道を進んだ。


「……好きだって言ってた」


途切れ途切れに聞こえた会話は変な所だけ拾ってしまって嫌な考えばかりがぐるぐると脳内を巡る。

隣を歩いていたのは誰だったのだろうか。
私が待たせてしまってるから他の子に行ってしまったのかもしれない。

そう考えたら視界が滲んできて、急いで目を擦った。


「……っ」


だらだらしていた自分が悪い。
そんなの分かってるけど


(分かってたって悲しいものは悲しい)


先程の光景が頭の中でぐるぐる回って離れない。
後ろ姿しか見えなかったけど、あの子はどんな女の子なんだろう。
義勇さんの好みは知らないけど、あの人が好きって言うのならとってもいい子なんだと思う。


「………」 


ふと小芭内さんの言葉が浮かんだ。


――ではお前は冨岡が別の女を好きだったとしてそれを自分の感情だけ優先して邪魔する事が出来るとでも言うのか


「……」


邪魔。
そう、私だけの気持ちを優先しても義勇さんやあの子達にとってはただの邪魔でしかないんだ。

小さいながらも深いため息をついた私は蒼葉さんのお店の方へ帰った。





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