次の日、蒼葉さんのお店に顔を出して出発を伝える。
「蒼葉さん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「邪魔をした」
「いいのよ、冨岡さん。また来てね」
私達にお弁当を持たせてくれた蒼葉さんに見送られ、途中まで一緒に歩く。
「…………」
「面の事、気になります?」
普段の服装に身を包んだままの私を何か言いたげな視線を感じる。
恐らくお面の事を言いたいのだろうなと感じて問えば義勇さんは無言のまま首を縦に振った。
「まずは偵察なので、目立たないように素顔を出してるだけですよ」
「化粧は」
「気分です」
花街へ働くに当たって流石に化粧の一つもしなかったら私を買ってくれる所は恐らくない。
変な所でもあるだろうかと義勇さんを見つめたらぱっと目をそらされた。
地味に心が痛むよ義勇さん。
「変ですか?」
「違う」
「むぅ」
ならこっちを見てくれてもいいのにな。
唇を尖らしながら義勇さんの顔を見ようと周りをうろちょろしていると、鬱陶しかったのか頭を片手で掴まれてしまった。
「落ち着け」
「だって、目をそらすから」
「………そういう時に限って察しが悪い」
「えー!」
「見たくないだけだ」
その言葉に心が砕けた音がする。
見たくない程駄目なのか。
と言うことは働くのも危ういんじゃないか?
どうしよう宇髄様に怒られる。
色々な悲しみで吉原で働く勇気すら無くなってきた私の頭を掴んだままだった義勇さんから深いため息が聞こえた。
「勘違いするな」
「何がですか」
「これ以上…月陽の可愛い顔を見てると、離れたくなくなるから見たくないだけだ」
口元を大きな手で覆った義勇さんは耳を赤くしながら視線をそらす。
間違いなく空耳だけど心を撃ち抜かれた音が頭の中に響いて思わず自分の胸を鷲掴んだ。
(死ぬ…!)
「もう少し自分の愛らしさを自覚しろ」
「ひぇっ…義勇さんもご自分のカッコ良さ理解してそういう事を言ってください」
「何の話だ」
大好きな人が照れ顔しただけで尊いのに、可愛いなんて言われたらそりゃこうなりますよ。
仕事前になんて心臓の悪い人だ。
けれどそうこうしてる間に義勇さんと別れる道に入ってしまった。
「もう着いちゃった」
「そうだな」
「…義勇さん、気を付けて行ってきてくださいね」
「あぁ、お前も」
「はい。行ってらっしゃい」
別れ道で二人立ち止まって顔を見合わせる。
寂しいけどやらなくてはいけないから、昨日今日の今までの幸福を糧に頑張ろう。
ぎこちない笑みを浮かべているだろう私を無言で見つめた義勇さんは、紅の乗った唇を親指で撫でられた。
親指に移った紅へ自分の唇を押し当てながら見つめられて、接吻されていない筈なのにされている気になってしまう。
「帰ってくるまでお預けだ」
「……っ」
「行ってくる」
ちゅ、と態とらしく音を立てて唇を離した義勇さんの唇には薄っすらと紅が乗っていて何とも言えない妖艶さに私は気絶寸前だった。
背を向け目を細めた義勇さんは一言残してその場から消えてしまう。
「ぅお…おおおう、二年であんなになっちゃいますか義勇さん」
必死に堪えていた変な声を出しながら蹲る私は他人から見たら大層変な女に見えるだろう。
義勇さん紅似合い過ぎじゃないだろうか。
あの顔だけで腰が抜けてしまいそうになった私は何とか歩いて宇髄様と待ち合わせた吉原へ向かう。
記憶取り戻したら土下座して紅を塗らせてもらおう、そう心に決めて。
道中安い着物を買って、事前にお館様に許可を取っておいた藤の家で着ていたものを預かってもらうついでに着替えてしまおうと部屋をお借りした矢先、廊下で見覚えのあるような化物…ごほん、女の子?に出会した。
「お?」
「……えと、伊之助?」
「狐女じゃねぇか!」
「どうしたの、その顔」
伊之助の素顔を見たのは初めてだったけれど、特徴ある声ですぐ分かった。
絶対これ元の素質台無しにしてる気がする。
誰だこんな化粧したの、そう思いながらこちらへ来る気配に振り向くともう二人のばけ…かわい子ちゃんを連れた色男が私と伊之助に向かって歩いて来た。
「ほぉ、なかなか別嬪じゃねぇか。月陽」
「お褒めいただきとても光栄なのですが、この子達に何してるんですか」
「えーっ!月陽さん居るの!?何だよオッサン、早く言えよそう言うことはさぁ!こんにちは月陽さん、素っぴんの貴女も綺麗だけど今日の化粧した顔もまるで女神へぶっ」
「やめろ善逸!恥ずかしい!」
「ガハハハ!ざまーみろ!」
宇髄様、化粧も女装して潜入する人選ミスってませんか。
確かに強い子達ではあるけれど、潜入は向いてない気がする。
思わず逃げ出したくなるような光景に眉間を抑えた。
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