「月陽」
お風呂から上がって髪を乾かした私を義勇さんが呼ぶ。
鏡台の前に座っていた私は呼ばれるがままに立ち上がり、布団に寝転がった義勇さんの横に座った。
「義勇さん、髪の毛梳かしましょうよ」
「嫌だ」
「なら私がやります」
癖毛の義勇さんの髪へ手を伸ばして持ってきた櫛で念入りに梳かしてあげれば、跳ねていたそれらがちょっとだけ落ち着いてくれる。
自分でするのが嫌なだけで、基本的に私がしてあげれば文句も言わずただ受け入れてくれる所は相変わらずだと思う。
「……うん」
しかし、髪の毛をおろした義勇さんは美人度が上がるなとつくづく実感する。
眠たそうに目を伏せているから尚更だ。
何となく悪戯心で耳の後ろへ口付ければ、予想していなかったのかぴくりと義勇さんの身体が跳ねた。
「……おい」
「えへへ、美人さんだったものでつい」
「煽るな」
ムッとした顔をして義勇さんが私の頬を突く。
二人で戯れながら何となく時間を過ごしていると、ふいに義勇さんが立て掛けてある私の刀に視線を投げた。
「どうかしましたか?」
「あれは直さないのか」
「あ、あぁ…」
立て掛けてある刀の横に置かれたもう一本の刀。
鞘に納まっているのによく分かったなぁと苦笑いを浮かべた。
あの日、猗窩座と対峙した時に折れた父さんの日輪刀。
折れた左手で無理矢理抜いたのは自分の刀じゃなかった。
力づくで私達から逃げた猗窩座による衝撃で折れてしまって以来、今はあぁして横たわらせて保存している。
「大切な刀なんだろう」
「はい」
「見てもいいか」
「え、ど…どうぞ」
本来の私の日輪刀と、父さんの日輪刀を両方抜いて刃の違いに目を見開いた。
記憶を失くしてから義勇さんは私の持つ日輪刀を初めて見るから当たり前の反応なんだけど。
「透明の方が私ので、白い方が父のなんです」
「そうか」
「ずっと、折れずに扱ってきたのに…この前の戦いで折れてしまいました」
「父の日輪刀も使っているのか」
「はい」
「…なら打ち直してもらえ」
義勇さんの言う事は最もだ。
私自身終の型は二本の日輪刀を使わなくては技を出せない。
その為に義勇さんと左手の握力の特訓だってしてたんだから、もう一本無くては本来の実力も出せないのは当たり前。
鬼を狩る者として、出来る限り万全の状態で挑まなくてはならない事も分かってるのだけど…どうしても刀鍛冶の里に行くのを躊躇ってしまった。
「もう二度と、白い刃は取り戻せないから。父さんの日輪刀じゃなく、私の日輪刀になってしまう」
「…刃が全てでは無い」
「……でも」
「お前の父は、自分の色にこだわりは無いと思う」
刀を鞘に納めた義勇さんは丁寧に置くと、私へ振り返りながらぽつりぽつりと話してくれる。
「鍔を継げ。刃は俺が知り合いに頼んで何かしらの形にして残せる様にする」
「そ、そんな事出来るんですか!?」
「折れた刀を元に戻すことは出来ないが、何かしらに再利用する事は出来るだろう」
「っ!!義勇さん、ありがとうございます!」
ずっと折れたままにしておくのには忍びなかった。かと言って破棄されてしまうのは怖かった。
それを何かしらの形にして残せると言ってくれた義勇さんに嬉しくて抱き着くと、しっかり抱き締めてくれる。
「俺のこの羽織もそうだ。何度も汚したし解れた。だがその度に繕って貰った」
「ん…」
「だから俺を信用して預けてほしい。月陽はちゃんと新しい刀を打って貰え。分かったな」
「はい」
ちゅ、と音を立てて私の頬に口付けてくれた義勇さんに微笑みながら頷く。
いつだって義勇さんは私の気持ちを尊重してくれる。
「もう寝ろ。月陽も明日は早いんだろう」
「はい。義勇さん、おやすみなさい」
「あぁ」
今度は私が義勇さんの頬に口付けると優しい瞳と目が合ってどちらともなくもう一度顔を寄せる。
額を合わせて目を閉じ互いの体温を感じながら目を閉じた。
明日からまた頑張れそう。
宇髄様との任務が終わったら刀鍛冶の里に行ってみようかな。
それまで自分の日輪刀だけで頑張らなくちゃ。
眠りに落ちそうになった時、義勇さんの声が聞こえた気がした。
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