「冨岡さんは仕事の予定はあるかい?」
「…?明日は日中に立つつもりではいるが」
「なら、嫌じゃなければ月陽の部屋に泊まっていきなよ」
「えっ」
「は…」
名残惜しむかのような私に気を使ってか、蒼葉さんは義勇さんにそんな提案をしてくれた。
いやいやいや、お布団一組しかありませんよ。
嬉しいけれど、何だか恥ずかしい。
そう思って私の頭に手を置いたまま停止した義勇さんの顔を見れば何か考え込むように私を見ている。
「義勇さん?」
「……蒼葉殿はそう言ってくれているが月陽はどうだ」
「え、でも義勇さんお布団一組しかありませんよ?」
「………」
「ぷっ!あはは!!」
私の発言に何か不備でもあったのだろうか。
こちらを見たまま固まる義勇さんと、突然お腹を抑えて笑い声を上げる蒼葉さんに首を傾げる。
何がなんだか分からない私に深く深呼吸をした義勇さんは蒼葉さんへ振り返った。
無視!?
「蒼葉殿、本当にいいのか」
「勿論だよ」
「なら、お言葉に甘えよう。邪魔をする」
私の腰に手を添えた義勇さんが蒼葉さんへ一つ頭を下げると、机の上に置いてあったものに手を伸ばした。
「月陽」
「これ、何ですか?」
「羽織だ」
「わ!ありがとうございます」
久し振りに見た自分の羽織を受け取り、汚れないようにまた包へ戻す。
そう言えば山に登ったからあまり綺麗とは言えない格好でお店に来てしまった。
「冨岡さんと月陽は先に家に行ってるといいよ」
「え?蒼葉さんは?」
「お腹減っただろ?ご飯作ってから行くから湯を沸かしておいてくれるかい」
「わ、嬉しい!すぐお風呂入れるようにしておきますね!行きましょう義勇さん」
食事を用意しておいてくれるという蒼葉さんに頷いてぼんやり隣に立っている義勇さんの腰に回されていた手を掴む。
風呂の湯は貯めてあるし後は火を起こすだけだから、ご飯を食べて待っていたらすぐ入れる。
引っ張る私に何も言わずについてきてくれる義勇さんの腕を両手で掴み近くにある蒼葉さんのお家に戻った。
「薪は俺がやろう」
「いいえ、一緒にやりましょう」
「……あぁ」
家について荷物を下ろすと、外に置いてある薪を取りに行く。
義勇さんと夜もこうして側に居られるのは久し振りだから嬉しい。
着火材に火をつけ中へ放り投げて義勇さんと順番に筒を吹く。
「もう大分火も大きくなったし大丈夫ですね!」
膝を抱え火を見ながら義勇さんに話し掛ければ私を見つめる視線と絡み合った。
どうかしたんだろうか。
「どうかしましたか?」
「前にもこうした事があったか?」
「前、ですか」
「火を眺めるお前をこうして見ていたような気がする」
私と同じ様な体制の義勇さんは火へ視線を移しながらぽつりと洩らした。
お風呂ではないけれど、こうして一緒に燃える火を見た事は2年前以上から何度もある。
「月陽と居ると不思議だ」
「あはは…」
「こうして惹かれるのも、今回が初めてじゃない気がする」
「………義勇さんって、誰かを気になったとか感じた事ありますか?その、私以外で」
「狐面が月陽だったから実質一人だ」
「えぇ、顔も見たことないのに?」
「だから不思議なんだ」
こてんと首を傾げる義勇さんに噴き出しながら肩に顔を寄せる。
私を忘れていても、また私を好きになってくれた。
こんな奇跡があるだろうか。
「義勇さん」
「何だ」
「心はずっと側に居ますから」
私は貴方とずっと共に。
どんな事があろうとも、私の心はずっと義勇さんの側にいる。
そんな私の肩を抱き、顔を寄せた義勇さんに唇を奪われた。
少しだけ荒々しいそれは最後に抱かれた日のようで、じわりと涙が浮かぶ。
大好きが溢れて仕方ない。
「ん、ぎゆっ…さ」
「黙ってろ」
いつの間にか壁に追いやられた私の背中と手を押し付けられながら口づけに答えていると、誰かがこちらへ近づく気配を感じて胸を叩けば義勇さんも気が付いていたのかすぐに唇を離してくれた。
「月陽、冨岡さん。火は大丈夫かい?」
「はーい!おかえりなさい、蒼葉さん!」
「問題ない」
「そう、それなら中においで」
「今行きます!」
蒼葉さんがひょこりと顔を出したので、何事も無かったかのように手を振るとそれに満足したのか笑顔で家へ入っていく音が聞こえる。
危なかった、そう思いながら義勇さんを見れば目を細めてこっちを見ていた。
「し、心臓が止まる…!」
「?」
顔がいいとはやはり罪だ。
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