「さて」


数日休んだ私は出掛ける準備をして煉獄家へ向かう。
蒼葉さんにはきちんと許可も取ったし、日中の内に帰ると約束した。

千寿郎さんや、元炎柱たる槇寿郎様にもお会いしたい。

もしかしたら殴られるかもしれないけれど、それくらい受けたって構わない。
私は私で、杏寿郎さんの想いを繋いでいくと前を向いたから。

代々炎柱を繋いできた名家とあって門もとても立派だ。
一つ咳払いをして門を叩こうと左手を出そうとした瞬間扉が開かれた。


「…あっ、こんにちは」

「誰だ」

「わ、私永恋月陽と申します」

「父上、兄上がお話していた月陽さんです!」


初めてお会いする煉獄家の方々に驚きながら名前を名乗り頭を下げた。
槇寿郎様の遺伝子強くないか…?

左手に持っていた菓子折りを必死に取り出そうとすると、千寿郎さんらしき男の子が荷物を持ってくれた。


「お前が月陽とやらか。あいつの…杏寿郎の最期を看取った狐面なんだろう」

「突然の訪問お許し下さい。槇寿郎様の仰る通り狐面とは私の事です。葬儀にはきちんとした形で参列できなかった事申し訳ございません」

「そんな…炭治郎さんから聞きました。月陽さんも酷い怪我をされていたのでしょう。わざわざ遠い所を…さぁ、中へお入りに」

「要件は何だ」


私の背に手を当てて家の中へ引き入れようとしてくれた千寿郎さんの言葉を遮って、槇寿郎様が真っ直ぐこちらを見てくれる。


「謝罪と、そして杏寿郎さんとの約束を果たしに」

「約束だ?」

「はい。千寿郎さん、失礼しますね」

「えっ…?」


愛くるしい瞳が千寿郎さんへと振り返った私に困惑の視線を向ける。
それはそうだ。
初めて会う女が自分を抱き締めたのだから。


「…何のつもりだ?」

「よしよし」

「あ、あの…月陽さん?」

「杏寿郎さんに、千寿郎さんにもこうして欲しいと頼まれたのです」


小さな身体。
男の子ではあるけれど、まだまだ甘えてもいい年頃の子だ。

炭治郎が来たと言うなら杏寿郎さんの言葉はもう伝えているだろう。
それなら言葉はいらないかと、杏寿郎さんと同じ燃えるような髪を持つ千寿郎さんの頭を撫でて泣きそうな顔を見ないふりをした。

そっと身体を離すと裾を握り締めてくれる。
その手を振りほどく事はせず、隣で私を見下ろす槇寿郎様へ身体を向けた。


「槇寿郎様、私はまだまだ弱いです。しかし、まだ命がある。友として、同じ仲間として、私はこれからもしっかりと前を向きます。私の力不足で、杏寿郎さんを助けられなかった事…本当に申し訳ありませんでした」

「謝るな」

「……槇寿郎様」

「己を過信するなよ、月陽。あの時お前のやれる事の最善を尽くしたのなら、謝るな」

「…、はい」


しっかりと私を見て堂々と胸を張った姿はやはり元炎柱たる槇寿郎様の威厳がある。
槇寿郎様からは酒の臭いもしない。

話に聞いていた様子とは全く別物だ。
杏寿郎さん、貴方のお父上はやはり素敵なお方ですね。


「分かったのなら日が暮れる前に帰れ。その手じゃ禄に刀も握れないだろう」

「はい、仰る通りです。それでは」

「…たまに家へ来い。稽古くらいはつけてやる」


槇寿郎様のお気遣いに苦笑して頷きながら、一礼して踵を返そうとすると小さい声が掛けられた。

聞き間違いでなければ私に稽古をつけてくれると言ったはず。
思わず勢い良く振り向いてしまって脇腹が痛んだ。


「よ、よろしいのですか!?」

「俺も、あいつに顔向け出来るよう…やれる事をやるだけだ」

「ありがとうございます!」


嬉しくて、痛んだ脇腹を気にせず大きな声でお礼を言うと私の手を小さな手が掴んだ。


「月陽さん」

「千寿郎さん…?」

「また、頭を撫でてくださいますか?」

「も、勿論!私で良ければ」

「兄上が生前月陽さんが母上の様だと言っていた理由が何となく分かりました」

「えぇっ!?」


背伸びをして私の耳元でひそひそと喋る千寿郎さんに驚いてしまう。
でも、嬉しそうに可愛らしい笑顔を浮かべた顔を見てしまったら否定するのも野暮かと思えてくる。

槇寿郎様は否定するだろうけれど。
それでも、私がこうする事で千寿郎さんが嬉しそうに笑ってくれるのならそれでもいいかもしれない。


「じゃあ、今度鍛錬しにお邪魔するのでその時またこうしてお話しましょう」

「はい!」

「余り千寿郎を甘やかすなよ」

「子どもは甘えられる内に甘えておくものです」


私達の会話が聞こえていたのか、槇寿郎さんが呆れたようにため息をつく。
きっと少しくらいは千寿郎さんに負い目を感じているのだろう。

本来愛情深く優しい方なのだと、酔った杏寿郎さんが言っていたから。


「また来ます。槇寿郎様も千寿郎さんも、お身体に気を付けて」

「あぁ」

「お気を付けて下さいね」


槇寿郎様達へ手を振り、煉獄家を後にした。
来て良かった、本当に心からそう思う。

その為には早く傷を治さなくてはならないなと、道中渋々薬屋に寄って軟膏を貰って帰った。



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