あれから米の煮汁を飲んだ私は湯に入り、身を清めた後二年前何があったかを事細かく話した。
途中話を聞いていた愈史郎君が義勇さんを殴りに行くと言って立ち上がったのを珠世さんが止めてくれたりと色々あったけれど、知り得る全てを話し終え私は一息ついた。
「あいつ…月陽を絶対守ると言ったくせに…!」
「辞めなさい愈史郎。あの方もそうしたくてなった訳ではないのだから」
「…はい」
本当に怒ってくれているのか、珍しく珠世さんの言葉にも覇気のない返事をしている愈史郎君に思わず眉が下がる。
可愛がって貰っていた自覚はあったけれど、珠世さんに言われても不服そうな愈史郎君なんて見たことが無い。
こんなに私を想って怒ってくれるなんて思いもしなかったから、申し訳ないけれど嬉しく思ってしまった。
「珠世さんは陽縁をご存知ですか?」
「いいえ。ですが月陽の話を聞いていると、その鬼は鬼舞辻の配下では無さそうね」
「はい」
「…少し、調べてみる必要があるわ」
珠世さんの言葉に小さく頷いた。
私の両親はとても優しく子どもを愛する理想的な夫婦だった。
陽縁の言っていたように、子を投げ出すような両親ではない事を私はよく知っている。
あの子の首飾りだって、今私の首元に光る物と同じ素材だった。
両親が贈ったものだと言う事は頷けるけれど、あの子の話を私は殆ど信用していない。
鬼だからではない。
滲み出る程の私や私の両親への復讐心が言葉を疑わせた。
「冨岡さんは、本当に月陽さんを忘れてしまったんですか?あんなに、月陽さんを想っている人が」
「どうしてそう思うの?」
「俺、鼻がいいんです。何て言い表したらいいのか、分からないけど…人が悲しんでいる時は悲しい匂いがするんです」
「悲しい、匂い」
炭治郎が明らかに信じられないなんて顔をして、関係を知らない筈の彼に問い掛けてみたら自分の鼻を軽く擦りながら答えてくれた。
雰囲気を匂いでかぎ分けられると言う事なのだろうかと思いながら炭治郎を見る。
彼はそんな冗談を言うような子じゃない事は、この短時間でよく分かっている。
「あの時、初めて月陽さん達と会ってすぐ分かりました。本当に想い合ってる二人なんだなって」
「………」
「冨岡さんからも、月陽さんからもとても優しい匂いがしました。あの時はそれどころじゃ無かったけど」
「そう、なんだ」
「だから、あれだけ強く月陽さんを想っている冨岡さんが忘れたなんて信じられなくて」
本当に悲しそうな顔をして俯いた炭治郎に思わず笑みが溢れた。
優しい子なのだ、彼は。
珠世さんと炭治郎が出会ったきっかけもそうだったけれど、人の命や気持ちを心から大切に思える子なのだろう。
そっと痣のあるおでこを撫でてあげれば、驚いたように顔を上げた。
「大丈夫。大丈夫だよ、炭治郎」
「月陽さん…」
「ありがとう。でもね、いいの」
「でも、貴女からは今でも義勇さんを変わらずに想って…!」
「うん。だからこそ、大丈夫なの」
そう言った私に炭治郎は困ったような顔をした。
まだ炭治郎は恋なんてした事がないんだろうな。
兄として頑張っているけれど、炭治郎はまだ幼い。
私だって義勇さんと出会って初めて知った気持ちだもん。
「私が、義勇さんを思う気持ちを忘れていないから大丈夫なの。それにね、血鬼術で忘れているなら陽縁をどうにかすればいつかは解けるって事でしょ?」
「そ、そうか!なるほど!」
「そうそう」
もし、記憶が戻らなかったとしても私はそれでいいと思っている。
義勇さんが生きてくれているのなら、それでいい。
でも、それを炭治郎に言ってしまったらきっと悲しい顔をさせてしまうから言わない。
そんな事を思いながらいつもの元気を取り戻した炭治郎に笑顔を見せた。
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