「術式展開 破壊殺・羅針」


構えを取った猗窩座の足元に雪の結晶のような紋様が浮かび上がる。
一瞬で鳥肌が立った私はこちらへ向かってくるであろう猗窩座に向かって技を出す準備をした。


「月陽、援護は少しでいい。竈門少年を守ってくれ」

「分かり、ました…」

「鬼にならないなら殺す」

「壱ノ型 不知火」

「っ、捌ノ型 葉月!」


轟音を轟かせながらぶつかり合う二人の風圧から炭治郎を守る為に乱れ切りで風の方向をバラバラに散らす。
そうしている私すらも吹き飛ばされそうだけれど、下手に動いては猗窩座の意識をこちらに向けられかねない。


「伊之助!」

「お、おう!!」

「炭治郎をお願い」


運転手を救助し終えた伊之助がこちらに来てくれたのを気配で感じ取り、支持を出す。
折角呼吸で止血をした血が下手に動かしてしまう事で台無しにしかねない。

しかし伊之助の研ぎ澄まされた感覚ならば私と同じ様に炭治郎の事を守れるはずだ。


「風圧の軌道を読んで!」

「あぁ!?」

「伊之助なら出来る!だから炭治郎をお願い!」


この戦い、どう考えてもこちらが不利だ。
煉獄様と共闘するのは初めてだけれど、今出来る出来ないの問題じゃない。
やらなくてはいけないんだ。

打ち合う猗窩座の隙を狙って背後を取る。

少しでいい、少しでいいから猗窩座の動きを止める。
ほんのちょっとでも煉獄様の手助けをしなくては、月柱と認めてくれた皆さんに顔向けが出来ない。


「拾ノ型 神無月」

「これが黒死牟とは違う月の呼吸。甘いな!」

「っっ!!」


一瞬身体を翻した猗窩座の蹴りが私の腹部目掛けて飛んでくる。
当たったらまずい、そう思って全力で後方へ飛び退くとその隙を狙って煉獄様が刀を振るう。

何とか直撃は避けれたものの、脇腹が切り裂かれ口から血を吐く。
これだけ大袈裟に避けても鎌鼬のような風圧が届くなんて。

指先に力を込め痛みも気にせずもう一度猗窩座へ向かう。


「拾壱ノ型 霜月」


凍てつかせ、四肢のどれかを無効化しようと刃を振るいながら次の型への準備をする。
攻撃の手を休めてはいけない。
一度だって気を抜く訳にはいかないんだ。

それ程に猗窩座は強い。

宙で身体を捻り回転を加え、霜月を防いだ猗窩座に向かい勢いを付ける。


「参ノ型 弥生」

「あぁ、良い動きだ!だがまだ甘い」

「くっ…拾弐ノ型 師走!」


鋭く横へ振り抜いた刀は猗窩座の二の腕を浅く傷付けただけだった。
煉獄様から私へ標的を変えた猗窩座は腕を引き攻撃の構えを見せる。

着地しながら猗窩座の背後に迫る煉獄様を視界に入れ、避ける事に全力を注ごうと決めた。


標的が私に変わったのなら万々歳だ。

猗窩座の頸を斬れるのは煉獄様の方が確率が高い。
攻撃を交わしながら気を逸らす、そう思った瞬間脳が揺れる程の衝撃が体中に走り背中を列車に叩きつけた。


「っ、が…はっ!」

「月陽さん!」


炭治郎が私の名前を呼んだけれど何が起こったのか分からなかった。
型が破られたとは言え攻撃は見えていたはずなのに。

刀を支えにふらつく身体に鞭を打つ。
早く煉獄様の元へ行かなくちゃ、援護をしなくては。
深く息を吸って吐いて、必死に痛みを逃す。


「煉獄様っ…」

「月陽は俺の友だ。手を出す事は許さん」


一瞬で間合いを詰めた煉獄様が猗窩座の懐に入り素早い剣戟を繰り出す。


「この素晴らしい反応速度、この素晴らしい剣技も失われていくのだ杏寿郎!悲しくはないのか!」

「誰もがそうだ、人間なら!当然のことだ」


息をつく暇など無いほどに打ち合う二人に何とか痛みを堪えた私が踏み出そうとした時、炭治郎が身体を起こすのが見えた。
だめだ、あんな身体で動いたらいくら止血していたとしても煉獄様の足手まといにしかならない。

何より炭治郎の身体が危ない。
そう思って口を開いた瞬間、一瞬だけ炭治郎へと視線を動かした煉獄様が叫んだ。


「動くな!傷が開いたら致命傷になるぞ!待機命令!!」


有無を言わさぬ迫力でそう言い切った煉獄様に炭治郎が動きを止めた。
あの状態で他にも目を配っている煉獄様は本当に凄い。私も早く加勢しなくては。
嫌な予感がする。早く、早くしなければ。

足に力を込め猗窩座へ向かって納刀した刀を握り締める。


「月の呼吸 伍ノ型 皐月っ!」


煉獄様の型に合わせて下段から切り上げるが、技が一歩遅れた私の攻撃は弾かれ嫌な音を立てながら利き腕が別方向へ折れ曲がった。
それと同時に脇腹から血がまた吹き出す。

叫ぶのを堪えながら必死に腕を戻そうと未だに立ち続ける煉獄様の顔を見れば絶望感が私を襲った。


「煉獄、様」

「生身を削る思いで戦ったとしても全て無駄なんだよ、杏寿郎。お前達が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も既に完治してしまった」


そう話し続ける猗窩座に耳を傾ける事なく、煉獄様を見つめる。
目が潰れ、恐らく肋も砕けている。そのせいで内蔵が傷ついている。

急いで治療を受けなくてはならない程の重症だ。
折れていない腕を伸ばして煉獄様の羽織を掴む。


「…月陽、すまないな。この様な不甲斐ない姿、君には見せたくなかった」

「だ、駄目です!煉獄様、これ以上は貴方の身体が持たない!私が囮になります、早く炭治郎達を連れて逃げて!」

「…俺は俺の責務を全うする!ここにいる者は誰も死なせない!」

「っ、」


情けない姿を晒しているのは私だ。
掴んだ羽織から優しく手を外した煉獄様は両手で刀を握り締める。
ゴォ、と煉獄様の周りに猛る炎が灯った姿は炎柱たる彼を象徴するかの様に清く逞しく私の目に映った。





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