「!血が止まった」
煉獄様の言葉通りに集中した炭治郎の腹部の出血が止まった。
顔を上げて炭治郎の顔を見て頭を撫でる。
「呼吸を極めれば様々なことが出来るようになる。何でもできるわけではないが、昨日の自分より確実に強い自分になれる。な!月陽!」
「え、あ!はい!良く出来たね、炭治郎」
「……はい」
どこか唖然とした様子で返事をした炭治郎へ笑顔を向けた煉獄様は年相応で、心がほわほわした。
もしかしたら、炭治郎は煉獄様の継子になるのかもしれない。なんて思い始めた瞬間、何かが急激に近寄ってくる気配と同時に轟音を立てて背後に何か降り立った。
私と煉獄様でいきなり現れたそれから守るよう柄に手をかけると、笑みを浮かべた鬼がこっちを見ている。
瞳には上弦の参という文字。
「上弦の、参…!」
私がそう言った瞬間目の前の鬼が重く響く音を出して姿を消した。
狙いは炭治郎だと気づいた瞬間、柄に手を掛けこちらに近付いた気配へ刀を向ける。
「月の呼吸 伍ノ型 皐月!」
「炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天」
煉獄様には遅れたけれど、拳から腕に掛けて2つに切り裂いたのを確認しながら足元へ斬撃を続けて技を放つ。
私達に足止めをされた鬼は距離を開けると一瞬で傷を治した。
再生が他の鬼とは比べ物にならないくらい早い。
「なぜ手負いの者から狙うのか理解できない」
「話の邪魔になるかと思った。俺とお前…そしてそこの女も」
「私達とあなたが何の話をすると言うの」
「それに、初対面だが俺はすでに君のことが嫌いだ」
警戒心を最大限まで上げて、目の前の鬼の動きを一切見落とさないよう睨みつけた。
しかし痛烈な私達からの言葉を意に介さない様子の鬼は薄く微笑んだまま私達へ話し掛けて来る。
「俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると虫酸が走る」
「俺と君とでは物事の価値基準が違うようだ」
「私も煉獄様に賛成です」
「そうか。では素晴らしい提案をしよう」
鬼は嬉しそうな顔をしながらこちらへ手を差し出した。
素晴らしい提案なんて無いに決まっている。
いつでも動ける様、動けない炭治郎を庇いながら姿勢を低くした。
「お前達も鬼にならないか?」
「…なっ」
「ならない」
「見れば解る。お前達の強さ、柱だな?至高の領域に近い闘気。そして黒死牟と同じ呼吸を使う得体のしれない女にも興味がある」
黒死牟、と言う言葉に身体が自然と反応してしまう。
上弦の鬼同士、やはり交流があるのだろう。
前に一度出会した上弦の壱程恐怖は感じないけれど、私達を前にして余裕の表情がやけに気味が悪い。
「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」
「…永恋月陽」
「俺は猗窩座。杏寿郎、なぜお前が至高の領域に踏み入れないのか教えてやろう。そして月陽、お前もその呼吸を使いこなせていない理由もな」
私達を指差した猗窩座は笑っていた顔を潜め、獣を狩るような瞳でこちらを見ている。
何も知らないくせに、煉獄様がどんな思いでここまで頑張ってきたか知らないくせに至高の領域に達していないなどとよく言えたものだ。
「人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ。鬼になろう杏寿郎、月陽。そうすれば百年でも二百年でも鍛錬し続けられる。強くなれる。受け継いだ月の呼吸ももしかしたら黒死牟よりも強くなるかもしれない。鬼になれば女である事すら気にならなくなるぞ」
矢継ぎ早にそう言った猗窩座はもう一度私達に手を伸ばす。
私は、別に至高の領域に達したい訳ではない。
受け継いだ月の呼吸を極めたいとは思うけれど、人の領域を出てしまえばそれは私の望んだ極みでは無い。
なんて押し付けがましい理由だ。
本来の呼吸を使え無くてもいい平和な世の中にしたいからと日々鍛錬しているだけなのだから。
奥歯を噛みながら猗窩座を睨んでいると、ふいに煉獄様の大きくてゴツゴツした手が頭を撫でた。
「煉獄様…」
「老いることも、死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこほ、死ぬからこそ堪らなく愛おしく尊いのだ」
煉獄様は私の方をチラリと見て、頭に乗せていた手を離ししっかりと猗窩座を見つめながら両手で刀をしっかり握る。
「強さというものは肉体や性別に対してのみ使う言葉では無い。月陽も、少年も弱くない。侮辱するな。何度でも言おう。君と俺とでは価値基準が違う。俺は如何なる理由があろうとも鬼にならない」
「…そうか。月陽、お前もそう思ってるのか?」
「当たり前でしょ。私達は貴方達の様な鬼から守る為に強くなろうとしてるの。間違っても貴方達みたいな鬼には絶対にならない」
そう、貴方達みたいな人を慈しむ事の出来ない鬼にはならない。
断った私達に頷いた猗窩座は柔術のような態勢を取るも地面を足で踏み叩いた。
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