「月陽、ご飯作るから手伝ってー!」


目を覚ますと家に居た。
起き上がって台所を見ると幾らか皺の増えた母さんが割烹着を着て私を呼んでいる。


「え…?」

「いつまで寝てるの?今日は冨岡さんがいらっしゃる日でしょう」

「え、あれ?そうだっけ…」

「もう、変な子ね。今日はご挨拶にきてくれるって月陽が言ってきたんでしょう」

「ごめん、寝惚けてたのかも」


ふふ、と柔らかく笑う母さんに笑い返しながら手を洗う。
義勇さんがご挨拶。
ご挨拶って…え、そういうご挨拶…?


「月陽もお嫁さんに行く年になったんだな」

「父さん」

「寂しいけど仕方が無いよなぁ」


野菜の皮を向き始めた私の後ろから父さんが顔を出して眉を下げていた。
私ももう二十歳だし、父さんの顔が老けるのも当たり前なんだけど何だろうこの違和感。

涙ぐむ父さんを慰める母さんを眺めながら幸せな筈のこの光景に疑問を持った。


「義勇さんと、私って結婚するんだよね」

「そのご挨拶が今日なんでしょう?」

「結婚、かぁ…」


竈に火を着けてくれている母さんを横目に大根を切る。
味が染み込みやすいように隠し包丁を入れながらこれから来るであろう義勇さんを思い浮かべた。

結婚すると言う事は正式に義勇さんのお嫁さんになれると言う事。
これから苦楽を共にして、生涯を終えるまで寄り添い続ける。


「あら、どうしたの?手が止まってるわよ」

「何か、結婚するって言っても実感がわかなくて」

「そうね。母さんも父さんと結婚する時そうだったわ。今まで側に居たから戸籍や名字が変わるって言っても生活が変わるわけじゃないからね」

「だよね。でも私、冨岡月陽になるって事かぁ」


言葉にしてみたら思いの外照れてしまって、ニヤニヤこちらを見てる母さんの視線から逃れようと慌てて止まっていた手を動かす。
湯が沸いた鍋に大根を入れて、他のおかずを準備する為にまな板を水洗いしながらこれから来るであろう義勇さんを思い浮かべた。

きっと淡々とご挨拶しながら内心はすごく緊張してるんだろうなぁ、なんて想像をしたら笑えてきた。


「母さん早く孫の姿が見たいわー!」

「ちょ、まだ孫は気が早くないか!?」

「あはは、本当だよ。母さん」

「だって月陽の子どもを抱くのが私の今の夢だもの」


とても嬉しそうな母さん。
早い早いと言いながらそれを宥める父さん。

私が夢見た光景が今ここにある。


「……ん」


ふと誰かの気配がして鮭を切り身にしていた手が止まる。
ここには私達家族しか居ないはず。

義勇さんの気配じゃなかった。


「母さん、父さん」

「どうしたの?」

「ちょっと義勇さんが来てないか外見てくるからお料理進めてて」


本能的な何かなのか、その気配を追わないと行けないような気がして包丁を置いた。
誰か来た気がするなんて言えば良かったのにどうして私は嘘を付いたのだろうか。


「待つんだ月陽」

「父さん?」

「冨岡さんはまだだろう。約束の時間までまだだいぶあるぞ」

「…義勇さん、歩くの早いからもう来てるかもしれないよ」

「家をご存知なのでしょう?どうしてお迎えなんか行くの?危ないわ」


私の腕を掴んだ父さんに首を傾げていれば続いて母さんも出口を塞ぐように立たれる。
危なくなんてない。だって父さんと母さんが鍛えてくれたじゃないか、そう言おうとしてふとおかしな違和感に気が付いた。

そっと髪留めがあるはずの場所に手を伸ばすと鈴が鳴る。


「…ごめんね、父さん。母さん」

「月陽?」

「本当にごめんなさい。守ってあげられなくて、ごめんなさい」


きっとここは夢だ。
だって父さんと母さんは死んだから。

私と父さんの前で母さんは頭を潰され、父さんは母さんと共に家ごと燃えた。


「…ごめんねっ」


夢だから、本当かどうかは知らない。
でも子どもが大好きな母さんが私の子を抱きたいと言った言葉は本物の気がした。


「行かないで、月陽!」

「月陽っ!」

「私は…私のやるべき事をしなくちゃいけないの。父さん、母さん。大好きだよ」


手を振り切った私は全速力で走り人の気配がした方へ向かう。


「…どこに行く?」

「っ、」

「月陽?」


何かが破られたような跡が見えて、気配がこの向こうにある事が分かった瞬間現れた義勇さんに目を奪われた。
見た事もない正装をして私を不思議そうに見ている。


「…義勇さん、素敵な服ですね」

「どこかへ行くのか」

「はい」

「なら、俺から一つ教えてやろう」


今まで不思議そうにしていた義勇さんが柔らかく微笑み私を抱きしめてくれる。
匂いも表情も、私の記憶の中の義勇さんだからか本人そのものだ。


「自分の首を斬れ」

「!」

「お前を守ってやりたいが、俺にはどうする事も出来ない」 

「…分かりました」


私が頷いて刀を抜いた姿を見た義勇さんはまるで幻かのように消えてしまった。
父さん、母さん。本当は一緒に居たかったけど、今私を必要としてくれる人の、側に居たいと思う人の元へ帰るよ。

刀身を首に当て、震える手で無理矢理自分の首を斬った。



Next.





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